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過食=自傷≒自衛

過食は自傷行為だ。
舌の荒れや歯茎の腫れを自覚していて
アルコールは舌にも胃にもひりひりして
胃がぱんぱんに膨れて苦しい感覚もあって
それなのに、やめないんだから。

夕食でお腹いっぱいになった昨日は
「これでは他のものが食べられない」と思った。
「つまんない」思いを腹に溜め込む代わりに
食べ物を詰め込んでいるのかも、と思った。
だとしたら、これは進歩なのか、退化なのか。

良し悪しに捉われすぎた反動もあるだろうし
ヒマや退屈を恐れているきらいもある。

いつだったか気づいたこと、
わたしは純粋にお酒を飲みたいときより
お酒を契機になにか食べたいときの方が
圧倒的に多い。
つまみに、となにか持ち出したら
お酒そっちのけで食べ続けている。

宴席でたばこが欲しくなるのも、理屈は同じ。
会話が途切れたときに
食べたいものがないとか
おなかがいっぱいとか
そうすると煙草で暇つぶししたくなる。

たぶん、止まりたくないから。

わたしのエンジンは高速回転が得意で、
相応しい場所できちんと機能させれば
疲れ知らずにサクサク働く、優れものらしい。

ただ、うまく使いこなせずに働きを殺してしまうと
それまでの軽さに反比例して
次に動き出すのが本当に重い。

セルモーターがついていなくて
キックでしか起動しないような
下手すりゃ押しがけしなけりゃダメな
重量級の大型バイクみたい。

ほんとうは低速でも
小型バイクより安定して走行できるのに
ゆったりとハンドルを握っていられない。
自分のトルク(力)を信じられなくて、
倒れそうな気がして、自滅しちゃう。

低速でのんびり走ることに
罪悪感があるようにも思う。
効率化こそ最良と信じて生きてきたからには
無為=非効率となってしまう。
無為=機能停止 ではないのに。

バックグラウンドでも、夢の中でも
根っこの自分はいつだって働き続けている。
意識を休ませて、無意識を働かせること。
無意識を信じること。

頭をからっぽにすることへの恐れを手放すには
自分という存在すべてを、肯定することだろう。
過去もいまも未来も、
たち現れる諸々の感情も、
良し悪しの判断なく、
在りのままをただ認めること。
生まれたての赤ん坊のように。
なれるかな?
なりたいな。

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