« 茄子と蓮根 | トップページ | いまを生きる »

こども

こどもをもつということ

自分の生命の前には
両輪、その両親、その両親…
20代遡れば50万人以上?

すっかり抜けていたけれど
逆を言えば

もしわたしが命を授かったら
その先に、
50万人連なるかもしれないのだ。

「神道見えないものの力 」を読んで
母となる性の重さを感じた。

もうすこし、体を大切にしようと思った。
休肝日必要だろうなあ。

そうは言っても、実は最近
不妊にも妊娠にも
あまり気を遣っていない。
わたしもオットも、一番大事なのは
自己実現であり
自分が心地よいことなのだ。

気が向けばナカヨシはするし
帯下や気分の変化から
排卵期を予想したりはしているが
完全に、天におまかせ。

こんな状態の夫婦のもとへ
来ない方が普通だが
もし覚悟の上で来るなら
一緒にたのしもう!そんなかんじ。

強がりでもなく
こう言えるようになっていた
いつの間にか。

酒を控えなくてはと思うのも
妊娠準備というよりは
これからも気分良く生きるために
自分の内臓を思いやってのことだ。


この数日間のうちに、
悪循環にはまっている子育てと
ゆったり愛に満ちた子育てを
目の当たりにした。

あんなに判断力がなくなってしまうほど
辛いのであれば、
他人の子の面倒だけ見ればいいかな
と、一瞬思った。
それくらい、非道と感じた。

でも、そうはならずに
おだやかに子育てしている人もいて、
その違いはいったいなんだろう?

キャリアを中断すること
結婚すること
避妊しないこと

たとえ場に流されたのだとしても
自分の選択であることに違いない。
その意味を、意識しているかどうか

わたしはすべて受け容れようと思う。
意識的にでも、無意識にでも
自分が選択してきた結果の"今"を
苦しくても、痛くても、
きちんと受け止めようと思う。

逃げたくなるのは
逃げないと知っているからだ。




« 茄子と蓮根 | トップページ | いまを生きる »

コウノトリ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: こども:

« 茄子と蓮根 | トップページ | いまを生きる »

カテゴリー

無料ブログはココログ