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2009年8月の記事

思考解析

雨降りの休日に
ぐーたら過ごすオットをみて感じた
モヤモヤっとした気分を解析したら
自己憐憫と、相手を責める気持ちだった。

ぐーたらしていたら、幸せになれない。
この人がぐーたらしていると、
ツマであるわたしも幸せになれない。
この人は、わたしが不幸になる可能性より
自分の怠け心を優先するんだな。
軽んじられているわたしって可哀相。
軽んじるこの人ってなんてイヤなやつ。

…どこからツッコめばいいんだか!
こうやって書き出してみると
実に馬鹿げた考え方なのだけれど
間違いなくわたしに染み付いているパターン。

このパターンによるメリットも
たぶんあったのだろう。
わたしは誰からも軽んじられる存在だ、
価値のない人間だ。
そう思っていれば投げやりでいられる、
真剣に生きなくて済む。とかね。

まず、怒りは怒りとして発散する。
相手にぶつけるのではなくて、
たとえば腕立て伏せとか。
そのあと、怒りの原因になっている
自分の固定観念を探す。
もう要らないものであれば
これまでの働きに感謝し、決別を誓う。
自分の未来は誰かに左右されるものでなく、
自分の選択にかかっていることを銘じる。

だいじょうぶ、簡単なことだ。
気がついた時だけやればいい。
誰かと競争するわけでもない。

そんなめんどくさいことイヤだ!
目を背けたくなるような
卑劣で勝手な自分と
向き合うことになるかもしれない。
嫌な思いはしたくない!
そうやって反抗する自分もいる。

でもさ
いままでの生き方で
長いこと生きてきて、
もういいかなーと思わない?
そろそろ、違う生き方
やってみたいなーと思わない?

なにか変わるかもしれない。
なにも変わらないかもしれない。
ただ、ワクワクする方へ。

大抵のトラブルに対処できるだけの
能力は身に着けてきたと思うなら、
恐れることはない。

行き先不明のミステリーツアー
運転手は、わたしだ。

おしらせ(御蔵ツアー他)

1、野生イルカと泳ぐツアー
昨年9月、伊豆七島・御蔵島にて
野生のイルカたちと泳いできました。

この体験をシェアできればと思い
御蔵島往復チケット&宿を手配しました。
9月21日夜 東京発~23日夜 東京着は締切り住み。
その他の日程も承ります。(有料)

詳細・お問合せはこちら
penguinhttp://infokujira.web.fc2.com/mikura.html


2、エコ議員つうしんぼ
第45回衆議院議員選挙候補者たちが
いろいろな環境のことに対して
どのような姿勢で臨んでいるかがわかるように、
複数の環境NGOが協力して
全員に送ったアンケートの返事をもとに
つくられた「エコつうしんぼ」です。

エコ議員つうしんぼ
budhttp://giintsushinbo.com/

全候補者に25個の質問をし、
各質問4点のトータル100点満点で
採点されています。
「コメント」欄も必ず読んで、参考にしてください。

わたし自身は環境に関心のある
一市民でしかありません。
お問合せなどは、
info@giintsushinbo.com へお願いします。

自己否定世代

自己否定の強さは
アダルトチルドレンの特徴だ。

アダアルトチルドレン;
 愛情を知らず、否定されて育ったり、
 愛情を伝える方法を知らない家族に育てられ、
 「愛されるためには努力が必要」と思っており、
 “ありのままの自分”に自信が持てず、
 常に自分と人とを比べ、
 完璧を目指して必死で努力したりする人。


多かれ少なかれわたしもコレだな
と、ついさっきまで思っていたのだけれど、
客観的にうちの家族を振り返ってみると
どうも違和感がある。

“ありのままの自分”に自信を持たないために
そのような環境だったと思い込んできたかもしれない。
または、後付けの理由かもしれない。
そんな気がしてくる。


わたしと同じように、自己否定がつよく
精神的な自立が難しい人は
同世代にとても多いように思う。
鬱や引きこもりなどは、その一形態だろう。

自分の願望を無視しながら
高度成長期を支えた親世代の歪み、
リバウンドという見方もあるけれど

ふたこわたるさんのブログにある
集合意識の話も興味深い。

わたしたちは、戦後教育の中で、
進んだ文明を持つ西洋には見下されているし、
非道を尽くしてしまったアジアでは憎まれている。
そういう意識を刷り込まれている。
そういう夢の中にいる。
http://windshamanwf.blog34.fc2.com/blog-entry-133.html

目を醒ませ。
ぬるま湯から出て
清冽な空気を浴びよう。

世界の流れの中に
そんな声の高まりを感じる。

独立起業を促す成功本も
アセンションへの関心も
その表れだ。

薬物に傾倒する人は
ほんの一時でも
夢から抜け出したいのかもしれない。


わたしは
眠りから目覚める恐怖
群れから離れる恐怖と向き合っている。
ときどき余所見をしながら
一進一退
あたらしい夢を目指している。

ツメがあまい

すこし前のブログを読み返したら
7月26日のエントリ
「ダメな自分が好き?」

いまよりもっと
自分らしく生きたい気持ちと
このまま
窮屈だけどあたたかい場所で
平穏無事にいたい気持ち

いまの葛藤状態は
向かい風の中で
傘をさしたまま
無理に進もうとしているみたいだ。

そう、書いていたのであった。

そして、傘をとじて進もうとして

強風に飛ばされたのでした。


進みたくない自分を
こうすれば大丈夫だからとなだめて
黙ってしまったのをいいことに
ウキウキと先ばかり見ていた。

独りよがりの二人三脚

足元ご注意。


diamond晏れい子さんちんぴら天使より
・足
 「生きる」ことに曖昧なとき。「足」にくる場合があります。
・失うことを恐れる人は…
 何も守るものなどないならば、恐れることは何もない。

生きたくない自分

またもや、やってきました。
おなじみの感情
「生きていたいわけじゃないのに」

このモードに入ると
人生がいっきにつまらなくなり
今すぐ終われと念じながら
自暴自棄の暴飲暴食。

しかし今回は
ビール1本と焼酎2杯でへろへろ。
つまみは糠漬けと茹で野菜と玄米。
なんだかな。

しかたないから、ひとねむりして
ワインで飲みなおし中。


この「生きたくない感情」
ゆかエンジェル6868さんによれば
「前世の影響かもしれない」らしい。
実際のところ、それがわかっても、
どうにもならないのだけれど。

そして、クリーニングしようにも
時間と手間がかかるらしい。
自分の中に乗り気でない部分が
あるのだから、当然だ。


生きたいとか
進化したいとか
そういう願望、根源的な欲求が
わたしをここまで連れてきた。

わたしはきっと
生きるほうを選ぶのだろう。
でも、生きたくない自分を
これ以上置き去りにできない。

ベクトルa+bの葛藤を
合算して、違う方向へ

行けるかな。

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アセンションの資格

  『アセンション』
 人間もしくは世界そのものが
 現在の三次元からより高次元の存在へと
 進化することと  by Wikipedia

2012年12月にアセンションするとか、
もうすでにしているとか、説がある。

高次元の世界では
自分の思いがどんどん現実化するらしい。
引き寄せの法則の激化。

アセンションできる人と
できない人、しない人の違いは、
現実化の責任を負うかどうか
ではないだろうか。

胸に抱く気持ちや
日常的な思考はもちろん、
条件反射的な感情や
無意識下の願望まで

現実化してから気づくことも
多々あるだろう。それらを
すべて自分の産物だと認めること。
引き受けること。
自分を通して起こるすべてに
気づいていること。
気づこうとすること。
望まない現実が起きたら、
自分を省みて改善する姿勢。
たゆまず歩くこと。

なんのために?
しあわせに生きるために。
人生を、生ききるために。

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わからない

わたしの周りには
わたしと違う視点の人たちがいて
わたしがわからないことを言う。

わたしはそれをわかりたいのか
わかりたくないのか
それすらも、わからない。

今のままでいるつもりはないけれど
今のままでは良くないと言われると
今のままでいたいような気になってくる。
あまのじゃく。
もしくは、置いてきぼりの自分。

わかっているのは
すべてわたしに必要だということ。
世の中に悪意も偶然もないということ。


わたしを通じて世に出ようとしている
エネルギーを感じる。
マグマのような。血のような。
わたしはただ、パイプに徹すればいい。
よけいな小細工などせずに。

わたしに選択権はあるのだろうか?


わたしはどうやら
周りをまきこむクセがあるようだ。
誰かの反応や共感が欲しい。
仲間や共犯者、分かち合う人が欲しい。

今生の課題のひとつは「自立」らしい。
それを考えるとむやみやたらに
カウンセリングやセラピーを受けず
もっと自分で突き詰めることこそ
必要なのかなあと思う。

しかし、その動機がみあたらない。

生きているだけで、存在しているだけで、
なにかに誰かに影響を与えていて、
その責任をとるのが大人だというなら、
わたしは生きるのを辞める方を選びたくなる。
これは、インナーチャイルドの声かなあ。

もちろん、生まれてしまった以上
なににも影響を与えずに
辞めることなどできないとわかっているから

このまま生き続けることと
辞めることの損害の大きさを
天秤にかけたくなる。

わたしの根っこに住み着いた
「生きたくない人」
いつからいるんだろう?

みんなどうやって生きているんだろう?
どうやって大人になるんだろう?
自分に責任をもつなんてめんどうなことを
どうして引き受けられるんだろう?

わからない。

なにも考えずに
パイプに徹したい。

・・・無責任なパイプほど
恐ろしいものはないかもしれないなあ。

静けさ

表でカラスがないている
ガァー
グァー
ガァー
一定の間をあけながら
ずっと叫び続けている

仲間がこたえる感じではなくて
1羽がずっと、声の限りに、という調子で
まだないている

なにをしらせているんだろう。
地震速報は、いまのところ静かだ。


体が落ち着いてきたことだし
メンタルケアをはじめようと思って
何人かのプロにお願いしたのだけれど
なんだかタイミングが噛み合わない。

カードや星からのメッセージは
大きくわけて2つ
・答えを探し求めるのをやめるとき
・パッションや才能などが大きくなり
 流れていく先を探している最中

ふと心惹かれた
天然石ブレスの名は「内観」

そういえば、昨晩ひいたカードも
「内観」だったような。

そういう時期なんだな。
ひとりぽかーんと浮かぶ練習でもしようか。
そして、スリリングな波がきたら乗ってみよう。


Osho 禅タロットをひいたら「創造性」
 鍵は、エネルギーに自分をゆだねることです。
 自分を通して表現されたがっているものに対して
 開いていることです。

そうか。
自分のエネルギーを活かしたい!と
力んだり、画策したり、しなくていいんだ。

活元運動では、準備をしたあと、
体を修正する動きが自然と起こるまで
体に耳を澄ませて、ぽかんと待つ。


ただ、からっぽでいること。
すべてはそこから始まる。

いまここ

「全力で生きていたい」
「余すところなく活用したい」
「それが必要とされる場が欲しい」

探していたのは、いまここに無いモノ。
それはつまり、いまここに有るモノの否定。

“必要なものは
然るべきタイミングで
与えられる。備わっている”
…ほんとうに?


考えると怖くなる。
考えただけ自信が揺らぐ。


効率の良さとか
理に適っているとか
他人からの評価とか
見返りの大きさとか

そういうことを「よろこび」だと
勘違いしてしまう
これまでの自分を横目に
ほんとうのことを選んでいきたい。

求めに応じられる自分を
好ましく思うこと、その感情は
一番間違えやすいから気をつけよう。

誰かのよろこびのために
自分を犠牲にしない。

右折車が待っていても
早く通り過ぎてあげようなんて思わない。

心からよろこべることだけを選びたい。

この世界に身を委ねてみたい。


“神よ願わくば、
自分で変えていけるものを変える勇気と、
変えられないものを受け入れる落ち着きと、
そのふたつを見きわめる知恵を与えたまえ”

だけど
この世のすべては、
変えられる/変えられない
できる/できない ではなく
だとすれば、
必要なのは知恵ではなく

宙に浮いたあの瞬間の
無防備な在り様

後も先もない
願いも憂いも
恐怖も喜びも
肯定も否定もない
からっぽのわたし


信頼がほしかった
恐怖を手放したかった
安心したかった
自分を認めたかった
みんな、願望だ。
みんな、いまここの否定だ。

これらを達成すればまた
次の否定がうまれるのだろう。

「いまここを否定しない」ということは、
「いまここを肯定する」ことではない。

いまここに、ただ在ること。
からっぽで、いいのだ。


波にぽかーんと身をあずければ
海はやさしく支えてくれる。

そういうことなんだ。


自分の存在価値

わたしは自分に自信がない。
経歴とか思想ならハッタリを通せる。
だけど、存在や信念に関して
どうしても守りきれない部分がある。


団塊ジュニア、ロスジェネ世代の常で
父は仕事や付き合いで毎日忙しかった。
母は家事子育てに追われ大変そうだったし、
とてもさみしそうだった。心細そうだった。

わたしは、母を笑顔にしたくて気を遣ったり、
父に目をかけてほしくてトラブルを起こしたり。
この習性はいまも抜けない。

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必然的な事故

「ARATI-WORLD」身体からのメッセージ
言葉を借りると
 ・事故は偶然ではない。
 ・思考パターンにひきつけるものがある。
 ・自分への怒り、罪悪感、権威への抵抗
 ・痛む場所は、気が咎めていることの手がかり


2年前、過度の日焼けで大火傷になり
1週間歩けなかったときは
レーザー脱毛した膝下だった。
不自然なことをしたという罪悪感や
会社への抵抗があったと思う。


今回傷めたのは主に、
背中上部、右足小指とすね、左ひざ
 ・周囲の人に理解されていない気持ち
 ・未来に対する恐れ
 ・プライド、エゴ、強情

どれも、頷けることばかりだけれど
手を付けられずにいたら
「自尊心」を刺激する出来事が発生。

ずっとクリアできずにきている課題に
今度こそ、取り組もうと思う。
時間はたっぷりある。


それから
これは厄落としだな。とも感じた。
個人的なものだけでなく
家系的な厄を清算したような。
ちょっと、図々しいだろうか。

両親それぞれの家系に
なにかしらの事故に遭った人が
いないわけではないが、

内臓疾患を患いやすい母方
急性疾患で命を落としやすい父方
そのどちらでもないこと、
どちらにも見当たらないことが
わたしの身に起きたのは、
偶然ではないはずだ。


なんにしても
生命力も悪運も、人一倍強いようだ。
本人の意思に反して。

まだまだ、お役目があるのだろう。
どうせなら
この身体をフルに活かしながら
恐れずに進みたい。

引き寄せたもの

宙へ投げ出され
地へ打ち付けられた瞬間
圧倒的な痛みが全身を支配した。

「声を出さなきゃ」
ひたすら呻いた
でも、うまく声が出ない
よわっちい音しか出てこない

「動けない。逃げられるかも」
「通行人が声に気づくかも」
「音を発すれば衝撃が和らぐかも」

とにかく表現しようとしていた
自分の存在を。命を。

相手が怪我をしたかどうかなんて
イチミリも頭に浮かばなかった。

とにかく助けてほしかった。
誰かになんとかして欲しかった。

自分に出来るのは、
声を出すこと
呼吸をすること
それだけだった。

あのとき、わたしの生命力は
フル回転していたと思う。

「全力で生きていたい」
「余すところなく活用したい」
「それが必要とされる場が欲しい」

まさしく、わたしが望んでいたように。

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