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2009年10月の記事

母になるということ

周期37日目にてリセットしました。

今回は、あまりがっかりしていない。
どちらかというと、ほっとしているかも。

さいきん思うのだ。
母になったら後戻りできない。
母でない自分を満喫しようって。

きっとわたしは
命をさずかったと自覚した瞬間から
自分が死ぬまで
「こども」を忘れないだろう。

たとえ流産・死産でも、中絶しても、
早くにこどもが亡くなっても
痴呆になっても
「母ではない自分」には二度と戻れない。

そういう意味では
とても宿命的なイベントなんだなあ。


人生には選択できるものと、できないものがある。
 たとえば顔や血液型、生みの親

こどもを授かるタイミングも
選べないものなのかもしれない。

避妊とか不妊治療とかで
選んでいるつもりで
実は、選べていない。


こどもを望んでいるのに
授からないのは自分に非があるような

思惑通りに授かっている人たちに比べて
なにかが劣っているような

ずっと、そんな気がしていた。

自分をゆるさなかった。

理由が欲しくて
授からないことを何かのせいにしたくて

ゆるさずにいた。


"母"のようにふるまうこと
だれかの世話をやいたり
かいがいしくしたり
それは、わたしにとって
とても安心する
その反面、とてもつかれること

やさしくありたい
気付く人でいたい

そうすれば、「自分はちゃんとしている」と思えるから
嫌われないと、思っているから


「だれか」を想定した言動は
風船みたいに
かるくて、脆くて、
どんどんしぼんでいく


"母"になりたいという想いの影に、
子どもがいれば一人前とか
"母"をやっていれば安心とか
「だれか」を描いている自分がいる。


いつか
自分のためだけの自分で居られるようになりたい。

walking in the rain

あしたは
歌えて踊れてクレニオもできちゃう
摂食障害カウンセラー 樹音さんおすすめの
スパイラルセラピーを受けに行くというのに
台風です。
雨、雨、雨。
電車うごくんだろうか。

walking in the rain は
『DAYAの不思議なタッチ』 を通して出てきたイメージ。

雨の中を、傘をさして、わたしはこれでいいんだもん。
みんなして雨を毛嫌いしたらかわいそうだから
わたしは雨の中を歩くんだもん。 
と、冷えた身体で、気丈にしているかんじ。なんだそうだ。

まったく、実に、わたしっぽい。

寒くても、冷たくても、濡れてて不快でも、
「やさしい自分」でいられるやり方を選ぶんだ。
寒くても、冷たくても、濡れてて不快でも、
そんな気持ちは見ないフリ。無かったことにするんだ。

わたしは「やさしさ」を履き違えている。
だけど、その仮面をとってしまったら
わたしはいったいどんな人間なんだ?

なんにもできないチキンかもしれない。
衝動的に誰かを刺すかもしれない。
怒りにまかせて罵詈雑言をわめくかもしれない。

まったくわからないんだ。
コントロールできる自信がないんだ。

いまだって、コントロールしきれていない。
どんなに見ないフリをしても
悪感情はどんどん溜まっていって
ときどき不可抗力で噴出しては
誰かを傷つける。
そんな自分に、嫌気がさす。

だけど、この仮面のおかげで
いままでそれなりに生きてこれた。
未知の自分をさらけ出すくらいなら
生きるのをやめる方がマシだ。

にげたい。しにたい。やめたい。

もう20年近く前から
思い出したように現れる
わたしの中の葛藤。

いつもは大声出したり
大泣きしたり
暴飲暴食したり
ひたすら寝たりしたら
やりすごせるのに

今回ばかりは、ダメみたいだ。
わたしの中にはこれ以上、
感情を押し込めておくスペースがないみたい。
すこしでも感情が揺れると、涙があふれてくる。

それは、ただの感情。
喜でも怒でも哀でも楽でもない
ただのエネルギー。

胸がいたい。胃がうずく。舌が荒れている。

身体を蝕むほどの
途方もないエネルギーが
わたしの中で渦巻いている。

放し飼いになんて出来ないよ。

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