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認めざるをえない。

先日、プロセスワークの
グループワークに参加していて

いろんな立場の
いろんな意見や感情を
たくさんたくさん聴いて
その全部を認めたくて
胸が痛くなった。

なかには、ぶつかる意見もあるし
どうやっても同時に成立しない願いとか
矛盾もあったりするのだけれど

どれもこれも
まっすぐで

分かって欲しい。

自分を100%認めて欲しい。

ただ、それだけ。

そのことが、すごく、響いてきて
それを主張できる場に居るよろこびや
完全な相互理解は難しいという現実や
いろいろな感情が渦巻いて
せつなかった。

あれはいったいなんだったんだろうと
そのあと、他の参加者さんと話をしていたら、
目からウロコな見解を言ってくれて

いろいろ考えていったら

『わたしって、けっこうイイヤツなんだ。』

そう認めざるをえなくなった。


こうやって書いてみるとやっぱり抵抗はあって
なに驕ってるんだよとか
自分を責める声も聴こえてくるんだけれど

わたしが、あらゆる人の、あらゆる側面を
肯定したいと思っていて
肯定できてしまうのならば
自分を肯定しないわけにはいかないのだ。


『自分を愛さないと、他人を愛すことなどできない。』
よく見かける言葉だけれど
わたしは、
他人を愛したくて、実際に愛している瞬間があって
だとすれば、自分を愛していないなどとは言えない。

だって、いろんな人のいろんな声は
全部わたしの中にもある。
その声をすべて、良しとしたい自分がいる。

みんないい人だなあと思う以上は
わたしもたぶん、それなりにいい人なのだ。


100人いたら、100人が
「おまえはいいやつだ」と言ってくれなければ
「わたしはいいやつ」だなんて
口が裂けても言えないと思っていた。
言ってはいけないと思っていた。

だけど
100人が同じ意見でないから世の中は豊かなんだし
それぞれの理由があり、思いがあり、
それぞれみんな素敵で、否定などできなくて、
それはそのまま、違うままで良いのだ。

だからわたしも、このままで良いのだ。

怒っても、
妬んでも、
かなしくても、
傷ついても、
見当違いでも、

誰かがさらっと出来る事を
わたしは出来ない!と思っても、

それでいいのだ。

そういった感情を
無いことにしなくていいんだ。

わたしが感じる「わたし」を
尊重していいんだ。


誰かに「なんでそうなの?」
「だっせー」「かっこわる!」などと
言われることを恐れて
自分の理想形を描いて
それにそぐわないものは
すべて切り捨てるか、無視するか

そんな風に過ごしてきたけど

・・・つらかったなあ。

しみじみ、そう思います。

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コメント

hug hug hug!

出会いに感謝。

心から。

>dayaさん
こちらこそ

感謝です☆

これまでと、いまと、これから

すべてを信頼できそうな気分。

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