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自分vs.思考の癖

とにもかくにも
今までと同じように処していくのは限界だ。
しかし自分本位に変えるのは恐ろしい。
みんな離れていくかもしれない。
第一どうやって変えたらいいのかわからない。

これまで通りにはできず
変えることもできない
いっそ死んでしまえばラクなのに…!


ことし何度目になるのか
そう泣き喚いている最中
はたと気づいた。

この苦しみは、誰にもわからない。

だれか他人が、そのままの質と量で、
リアルに感じることなど決してない。

ひとりなんだ。

33歳にしてはじめて実感した気がする。
わたしの人生は、わたしにしかわからない。
変えることができるのは、
戦うことができるのは、自分ひとりだ。


けれど
さいわいなことに
オットは傍に居てくれる。
こんなめんどくさい人間を
見捨てるどころか
これ以上ないほど、心を痛めてくれている。
なんとありがたいことか。

死にたいほど自分が嫌になったら
いつでもおいでと言ってくれる友人もいる。

リングに立つのはひとりだけれど
セコンドや応援席には、誰かが居てくれる。
逃げ帰る場所がある。こころ強いことだ。


そもそも
こんなことで七転八倒しているわたしは
よほどヒマで、余裕があって、
クソ真面目で、不器用なんだろう。

今日1日を生きるのに
文字通り必死であれば
死にたいなどとは言いようがない。

時間があって、食べるものがあって、
すべてそろった状況だからこそ
ウジウジ悩んだりできるのだ。

そして、いまの日本の社会で
自分をまったく押し殺さずに
生きている人などいるはずもない。
しんどくない人などいない。

それでも、それを殊更に
あたかも「生死に関わる大問題」のように
扱っている人は、さほど多くない。
みんな上手にやりすごしているのだろう。

誰かと比較しても意味はないけれど
まったく、我がことながら厄介だ…

さて
180度方向を変えるのは案外簡単だと
さっき本で読んだばかりだけれど

この問題については、そうはいかない。
物心つくかつかないかの頃からの習慣、
無意識の選択を、変えなきゃならない。

まず自分の選択に気づくこと
発言・行動に先んじて本心に照らし合わせ
時と場合によっては、自分を尊重した選択に変えること

言うは易しだ。
心底、億劫になる。お先真っ暗!


しかし
なにも毎度毎度できなくても
いいのではないか?

辛くなってから気づいたとしても
方向の修正はできるだろう。
今まで見逃しがちだった「辛さ」も
そういう選択をしがちなことが頭にあれば
いくらか気づけるのではなかろうか。

うまく出来なかったら
貯金の許す限り
引き篭もればいいだけのこと。

なんでも、最初から、上手に、完璧に。
そんな期待をするから
始める前から、投げ出したくなるんだ。

まったく、思考の癖は手ごわい…

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