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受け取り下手は、与え下手

わたしにとって
「受け取る」はずっと課題だった。

「受け取ることを、自分に許すこと」
リーディングメッセージなどで
よく出てきたし
下手だという自覚もあったけれど
どうやったら「受け取れる」のか
いまいちピンとこなかった。

「受け取る」は、女性性の担当。
二人姉妹の長女で
父が不在がちな家で
元気で力持ちなわたしは
ほとんど長男のつもりでいたから
女性性はとても苦手。

ひらひらフリルや
かわいいパステルに心惹かれても
気恥ずかしくて
欲しいなんて言わない。言えない。

わたしの母も、そういう『ちょうちょらしいもの』
(女の子らしいものの総称として母がつかう表現)を
遠ざける傾向にあるし
代々の女系に生殖器トラブルがあるということは
ずっと引き継がれてきたものだろう。

女性性を抑圧することで
やわらかな感受性を無視することで
ある種の精神的自立、
「男性」には負けないという自負心を
支えてきたように思う。

おそらく、才覚のある女性たちだったのだ。
男尊女卑の時代から男女雇用均等法を経て
なお引き継がれる男女の社会的ランク差を
受け入れたくなかったのだと思う。
その葛藤を心中で処理するためには、
論理的に理由付けをするしかなかった。
男性性を強化するほかなかった。

その系譜に育ってきた
男勝りのわたしにとって
「受け取る」のは屈辱だったのかもしれない。
だいじょうぶ、自分で得ますから。
そう虚勢を張るのが常だった。

しかし気付いてみれば
いつのまにやら、すこしずつ、
受け取ることが出来るようになっている。

疲れ果てて、働けなくなって、
事故に遭って、動けなくなって、
誰かの好意やなんかを
受け取らざるをえない状況で
慣らされたことがまずひとつ。

次に、「自分に与える"自分"」を意識したこと。
「受け取る」という受動的な感覚ではなく
「自分に、なにかを受け取るチャンスを与える」という
能動的な感覚であれば、抵抗が少ない。

そして、「自分が受け取る」ということは
「相手に"与えるチャンス"を与えること」
自分が拒絶して受け取らずにいると、
相手は、誰かになにかを与えるよろこびを味わえない。
そう考えると、あきらめがつく(笑)

自己評価を洗いなおしたことで、
「自分には受け取る資格がある」と
認識できるようになったことも大きい。
この部分はまだ弱くて、躊躇することも多いけれど
きっとそのうち慣れていくだろう。


会社員を辞めてから約1年
わたしは、自分の内にこもって
自分と向き合うことで、
受け取る訓練をしてきたのだと思う。

以前、記事にした
理解しあえなくなってしまった友人は
今にして思えば、相反する方法で
自己評価を再構築していたのだろう。

自分で自分を虐げるような
身売りのような「サービス」をやめて
対価やコミットメントを求める。
相手への要求を厳しくすることで
自分を甘やかす、という手法。

感受性というやわらかい部分を
自分の内から外へ
拡大させる作業をしていたわたしにとって
彼女の存在はとても痛かった。
それによって、わたしの中の
やわらかい存在が際立たされた。
成長に必要な痛みだったのだ。

いつか彼女とまた
わかりあえる日がきたら
「あの時は痛かったよ」
「こっちだってムカついてたよ」と
笑って話せたら、すてきだと思う。


もちつもたれつ。
自分が意識しても、しなくても
たとえばすべての人からの手を跳ね除けても
地球から供給される空気や水
太陽から供給される光や熱を
受け取らずには生きていけない。

もちつもたれつ。
在るものすべてに感謝しながら
ヤジロベエのように
ゆらりゆらり、やわらかにいこう。

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