« 「生きててごめんなさい。」 | トップページ | 消えそうな僕は、爆破したいのだ。 »

バースコントロール

わたしは今後一切
バースコントロールをしないことにする。

ここ最近はずっと、
出来ても、出来なくても。
という姿勢ではあったけれど

それでも、何年経っても出来ないし
出来る人には、ひょいと出来るのだ。

やっぱり、どこまでいっても、授かりモノなのだ。

出来る、出来ない、ではないのだ。

いま子供が出来ると
仕事が・・・
経済状況が・・・
面倒みきれないかも・・・

そんなことを考えて
女がバースコントロールを意識して以来、
生(性)の歓びは制限され、
ホルモンが崩れ、
不妊の歴史がはじまったと思う。

むかしながらの
人手の必要な時代ならば
産む事を避けようとはしなかった。
食い扶持がないからと
里子に出したり、丁稚に出したり、
最悪の場合は捨て子にしたりと、
いろいろあったにしても、
授かる段階では、
コントロールしていなかったのではないだろうか。

これは、単なる予想。
史実は異なるかもしれない。


それから、
女はいつでも誰でも
バースコントロールしなくていい
とは思わない。

なにがあっても
子を授かったら、育んで、産んで、
誰の助けがなくても、
出来る限り自分で育てる。
そういう心意気をもてる人だけでいいと思う。

隣近所や地域で子供を育てていた時代とは
完全に違ってしまっている。
誰の助けがなくても、というのは
文字通り、助けがないことを意味する。
極端な話、親子で餓死する可能性だってある。

それでもやっぱり
わたしを選んでくれる魂がいるならば
わたしは逢いたいと思う。
世界を、プロセスを、信じたいと思う。

無責任に聞こえるかもしれない。
だけど、わたしは、これ以上、
自分の女性性を抑圧したくない。
それだけなんだ。

男性仕様の社会システムだとか、
見栄とか、予定調和の未来とか、
そんなものに振り回されずに、
女性性を全うしたいんだ。


結果として
それでもしあわせに生きていけるって
証明できれば嬉しいし、
やっぱりダメでした、まったく浅はかだね。
でも、かまわない。

子供を巻き込んでしまう可能性
その痛みも、引き受ける。

子育てをしたことのない人間の
たわごとなのかもしれない。
現実はきっと厳しいのだろう。

けれど、なにをどうやったって、
後悔がなるべく少ないように
イマココを選び続けるしかないのだ。

無謀でもなんでもいい。

わたしは今後一切
バースコントロールをしない。

本能のままに、
この人の子なら産み育てようと
思える相手と
いま、この人とつながりたいと
思えたときに
関係をもっていこうと思う。

わたしは、わたしの魂を尊重する。

« 「生きててごめんなさい。」 | トップページ | 消えそうな僕は、爆破したいのだ。 »

コウノトリ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: バースコントロール:

« 「生きててごめんなさい。」 | トップページ | 消えそうな僕は、爆破したいのだ。 »

カテゴリー

無料ブログはココログ