« ワクワク探しは疲れる | トップページ | 出来ること、やりたいこと、生きること »

物と自分を同一視するから、片付かない

物を捨てるのが苦手だ。

まだ使えそう
必要になるかも
いつか役に立つかも
誰かを喜ばせることができるかも…

そう思うと

履き古したサンダルも
頂き物のお菓子の箱も
気に入った絵のカレンダーも
数年前の手帳や手紙も
母や叔母から譲り受けたコートも
買ってもらった服や小物も
ひびが入った見飽きた食器も

なーんにも捨てられない。

捨てるよりは…と
支援物資として送ったり。
送るつもりで、山積みにしたり。

きっと誰かが価値を見出すはず、と
オークションに出すつもりで、山積みにしたり。


先日ふと気づいたのだが
わたしは物をぞんざいに扱うのが
とても苦手なようだ。

そして、物に対して思っている
「まだ役目を果たしきれていない」
という感覚はまさしく
わたし自身に対して感じていることで。


自分に対する「無用感」
…もうすこし正確に言うとしたら「劣等感」
が変化したら、
物への対処も変わるのかもしれない。

「まだ死にたくない」
というほどの使命感でなくていい。
ただ、
「あしたを生きる理由」
わたしはそれをずっと探している。

いったいどこにあるのだろう?

« ワクワク探しは疲れる | トップページ | 出来ること、やりたいこと、生きること »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21960/48880340

この記事へのトラックバック一覧です: 物と自分を同一視するから、片付かない:

« ワクワク探しは疲れる | トップページ | 出来ること、やりたいこと、生きること »

カテゴリー

無料ブログはココログ

占い by いとうより