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2010年10月の記事

罪悪感スパイラル

落ちてます。

体温ではなくて
(測っていないので不明)
気分がとっても落ちている。
それを飲食でごまかすから
さらに落ち込みが助長される。
罪悪感スパイラル。

自己評価が低くなっていて
生きることが億劫で
えいやと動き出すことに
抵抗が強い。
カラオケでも散歩でも
動いた方がいいのは分かっていても
それを自分にゆるさない。

だらだらと飲み食いしても
なにも発散されないどころか
罪悪感だけが蓄積されるのに。
ハラ肉となってあらわれるのに。

ダメな自分を演出して
逃げているのかもしれない。
ダメなんだから勘弁してよって
自分に言い訳してる。
なにを勘弁してほしいんだろう。
わたしはわたしに、なにを期待したんだろう?


コミュニケーションのなかで
オトナぶることに疲れたのかもしれない。
整った人で居ようとしてしまった。
オトナぶることは、閉ざすこと。

前回の記事で書いたことが
自分へのプレッシャーになった?
子どもを授かっても、授からなくても、
複雑な気分になるだろうって
先回りして不安になってる?

黄体期だし満月も過ぎたし
ゆるむ流れのところに
雨だったり
急激な気温低下だったり
苦手分野の話が進行しそうでしなかったり

ビミョウな緊張感。

ああせめて
今晩の味噌汁は
きちんと出汁をとろう。

だらだら低空飛行を続けるよりも
止めた自分を、自分で褒める
そういう未来を選択しよう。

お菓子も食べ飽きたし
お酒は梅酒とホワイトリカーしかないし
手を出さずにいればいいだけだ。


・・・出来たらいいなあ。


うん、そうだ
それくらいに思っておこう。


出来たらいいなあ!

腹には力、頭はゆるく。

いつからか分からない
気づいたときには
わたしはガチガチの左脳派だった。

なによりも効率を重視して
予測を立て、最適最短を探す。
「あの時、ああすればよかった…」と
過去を振り返り、検証する。

システムの仕事をする上では
とても役に立った習慣だけれど
日常に持ち込むと、ものすごく窮屈で

心も体も頭も、いつも緊張していた。
閉ざしていた。


ヒーリングやセラピーを受ける中で
元々は右脳派なのでは?と
指摘されたことがある。
物語性を好んだり、連想が得意だったり。

たとえばわたしは
クジラという生き物の姿形や生態より
海を悠々と泳ぐイメージだとか
そこから喚起される広~い海が好きで
「くじら」と名乗っている。
これはとっても、感覚的であるらしい。


いつからか分からない
いつのまにかわたしは
ゆる~っとした頭で、居られるようになった。

効率なんて気にしない。
心地良さや面白さを重視して
その時の展開が好ましくなくても
結果オーライだと信じてる。
裸眼(0.1以下)で過ごすのも好きになった。

そうしたら
遅刻癖はあまり気にならなくなった。
電車や相手が遅れてきたり
遅れても気にされなかったり。
もしくは、遅れてもいいと判断している
そういう類のことだったんだな、と
自分の価値観を見直すことになったり。

目的地までの道順がはっきり分からないときも
頭の中で地図を展開して最短距離をはかるより
なんとなく…で進む方が、かえって早く着いたりする。

ここ1、2年で知り合った
数ヶ月に1度くらい会う直感的な人たちが
「雰囲気かわったね!前は少年みたいだったのに。」
「ほわっとしてて、いい感じ!」などと言ってくれる。


ふむ。なかなか、いいんじゃないの。
そう思っていたのだけれど
どうやら
ゆるゆる~だけで居ると
なんだか張り合いがない。

ということに、最近気づいた。

いくら人生が寄り道OKな
道中をたのしむ遠足であっても
北海道に行きたいのか
沖縄に行きたいのか
それくらいは決めておいた方が

ふと迷ったときに道を選びやすいし
ぐっとハラに力が入って
歩きやすい。

それは今の自分の在り様を
否定することではなく
世界を、流れを、
信頼していないのでもなく

自分という個と
とりまくこの世界を

もしくは

今ココにある現実、肉体という制約と
どこまでも自由なタマシイを

統合する感じ、かもしれない。


なにかを目指して
早く着くことだけを考えて
感覚を閉ざしたままひたすら歩くことに
疲れ果てた、その反動で
ただただ流れまかせに流れてきたけれど

もうそろそろ、
感覚を開いたまま
目的をもって歩くことを
たのしめる気がする。


最終的にたどりつくのは
北海道でも
沖縄でも
富士山でも
我が家だっていい。

この遠足の醍醐味は
どこかに到達することではない。
目的地を見つけることでもない。

一歩踏み出したときに
あるいは立ち止まったときに感じる
気持ちや刺激や風景・・・
それこそが、present なのだfullmoon

甘やかしと自信育て

自分を甘やかすのと、
自信を育てる厳しさと、
どっちも必要。

甘やかすのはわりと意識的にやってきてたけど、
育てるほうは成り行きまかせだったなあ。

バランスとりたい。


と、6月に書いたきり
下書きにはいっていた。

自信ってなんだろう?
自分を信じるってなんだろう?

昨日ふとそんなギモンに行き当たり
つらつらと考えてみたところ

わたしは自信というものを
勘違いしていたかもしれない。

甘やかしの反対に位置する
自信というものも、勿論あるだろう。

自分を律することで
在りたい自分に近づく、
それが出来る自分を
誇りに思うような、自信。


わたしは相変わらず
自分を律するのは苦手で
料理中はお酒をやめて
食事時のたのしみにする
ということすら、
毎日は出来ないのだけれど

自信がないか?と言われると
そうでもないような気がする。

自分ひとりへの信頼ではなく
自分を含めた世界への
起きる出来事、
湧いてくる感情や衝動、
そういうものへの信頼はあって

だからわたしは
正解を捜さない。
いまこのとき
ここにあるものがすべてで、
いつだって、それで充分なのだ。


これを自信と言っていいのか?
定かではない。

世間でいわれる自信というものは
「~に関しての」という
限定すべきもののようにも思う。


いずれにしてもわたしには
鍛えて育てるタイプの自信を
身につける自信はまったくないのです。

可能性を恐れない

子どもを産もうと決めたので
生活の中でおざなりにしがちだった
夫婦の営みなるものも
あらためて見直した。

わたしもオットもあいかわらず
不妊治療をするつもりはない。

不妊治療をしない理由
の記事で書いように
西洋医学も、東洋医学も、自然療法も、
妊娠に関して「絶対」はないからだ。

事実わたしの身近には
何度もトライしながら授からずに
あきらめることになった夫婦が何組かいる。

そのときはきっと
相当辛かったのだろうと思うけれど、
その後の暮らしぶりは
「子どもがいないからこその幸福」を
あますところなく享受しているようにみえる。

子どもがいるからこその幸せがあれば
当然、いないからこその幸せが

子どもがいるからこそ分かること、
できる事があるならば
いないからこそ分かること、できる事がある。

そのことを体現している
先輩夫婦たちの存在のおかげで、
わたしは
「子どもを授からない」可能性を
恐れないでいられる。
希望をもっていられる。

いずれにしても
いまのわたしには分からないのだ。
「子どものいる幸せ」も
「いないからこその幸せ」も。
分かるのは、いま、幸せかどうか。


わたしとオットにとって
わが子を腕に抱く未来というのは
あらゆる手を尽くして
なんとしてでも
努力に努力を重ねて
手に入れたいものでは、ない。

めんどくさいから、とか
お金をかけたくない、とか
そういう理由で治療しなかったことを
悔いる日もくるかもしれないけれど

わたしの中でなにより大事なのは
いまこの時を心地よく過ごすこと。

あるかないか分からない
「未来の後悔」のために、
心を殺してがんばることは、したくない。

それを基準に
自分で決めた範囲の内で
精一杯やっていく。

その結果がどうなろうとも
その責任はわたしが引き受ける。
それだけのことだ。

排卵と分泌

今期の排卵
おそらく、終了。

計測した時間がバラバラなので
あまりあてにはならないけど
15日は36.2度で
16日、17日は36.7度あたりだった。

性欲も帯下も増していて
アルコール耐性が落ちていた。
妙に体があったかくて
鴨肉とか、赤身系が食べたかったけれど
そうそう売っていないので
感覚的に近い豚レバーを食べてみたり
ミントが恋しくなってミント酒飲んだり

そうこうするうちに
ある時を境に、急にお酒が欲しくなり
(ゆるみたい衝動だと思われる)
めちゃくちゃだるくなり

今日は昼から飲みたくて
すなおに発泡酒飲んでます。
排卵終了祝い?(笑)


鴨やミントはどうやら
熱を冷ましてくれる食材みたい。
http://www.k4.dion.ne.jp/~yama.ph/type-inkyo.html

香辛料は体をほてらせ
うるおいを奪ってしまうそうなので
昨日スパイスベースのカレーをつくって
食べたのも影響しているのかも?


そして昨日の夕方から
徐々に胸が張ってきている。
前回、今回と続けて
生理1週間前ではなくて
排卵直後から胸が張り始める。

ほてりといい、胸の張りといい
PCOSの特徴である
黄体ホルモンの過剰分泌が
疑わしいけれど
だからといってどうにもならない。

卵胞期(低温期)に
甘いものを食べる量を減らしたら
インスリン分泌は抑えられるだろうから、
PCOSを助長しないで済むかもしれない。
次周期は無理のない範囲で
心がけてみようかなあ。


cutePCOSについて
http://www.womenhealth.jp/fujinka/pcos.htm


決める。

子どもを産もう。

先日、そう決めた。

やけに新鮮な気持ちになったのが
自分でおかしくもあり
不思議でもあり。

さんざん
子どもが欲しいと願って
あれやこれや取り組んできて

なにを今更、なのだけれど

真剣に、妊娠に取り組もうと思う。

「さずかったらいいな」とか
「自然にタイミングがあったら」とか
「夫婦2人なら、それでも、まあ」
なんていう
弱腰はもうおしまいにする。


そう決めた翌日から
とつぜん酒量が増えて
びっくりした。

「決める」ことの重さ
無意識に自分に課した
プレッシャーがわかって

無理矢理、なにがなんでも
ということではなくて
出来ることをやらない、のは
やめようというだけ。と
自分に言いきかせた。

それから、ひさしぶりに
ソウルアルケミーエッセンスを摂ってみた。

レメディセットも摂り始めた。
5年以上前に買ってから
そして今年7月あたりに
試してみようと思ってから
なぜか手をつけられずにいた
ホメジャのFNGセット(廃番)。


ぐずぐずしてしまうのは
願いがかなわなかったときの
想定外のことが起きたときの
痛手がこわいから。
自分を守ろうとするから。

だけど、もう、先回りはやめる。
未来の自分はきっと
どんな荒波もくぐり抜けられると
信じることにする。
すくなくとも妊娠に関しては。

だって
どんなに怖くても
それでもやっぱり
わたしは子どもを産んでみたいんだ。
母親になってみたいんだ。

なにをどうしたって、
どんなに誤魔化してみたって、
この気持ちは消えなかった。
逃げられないんだ。


だから
覚悟を決めた。

川の流れるままではなく
ぐっと足腰に力をいれて
自分の力で舵をとるよ。

うまいこといかなくても
川の流れのせいにはしない。

わたしはわたしの
未確定の未来を引き受けるよ。

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