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2010年11月の記事

さなぎデー

相変わらず体温上がらず
やる気もあがらず
不満だけが満ちていく
満月直前のにちようび。

昨日はおやつ時間から夜まで
だらだらとお酒を飲んでいましたが
生姜焼酎、梅酒、あったかい麦茶割り
1杯ずつ。スローペース。

そしてなんだかやけに
しょっぱいものを食べたくて
柿の種やらゴマ煎餅やら。
今日もその延長にあるみたいで
起き抜けにカップヌードル、
ひさしぶりに食べました。
まだ塩分が欲しい感じ。
醤油ごくごく飲みたいくらい。

塩分が足りていないのか
逆に、過剰なのを排出すべく
刺激剤として欲しているのか

急に冷え込んだから
腎臓がつかれているのかも。
こんにゃく湿布かなあ。
…酸味も欲しい気がしてきた。

うわあっと発散したい衝動が
たまにかすめるのだけれど
カラオケ気分ではなく
そもそも外に出たくもなく
家の中でも家事もしないで
ただひたすらじーっとしている。
さなぎのようだ。

耐えて、堪えて、
ぐっと溜め込んで、
なにかを漲らせている。

幸い今日はお休みだ。
動きたくない自分に
抗わずにいてみよう。
動かないことを選択しよう。

「洗濯した方が…」
「動いて元気になった方が…」
「きちんと食べた方が…」
「特売デーだから買い物に…」
なんて
“ちゃんとした自分”であろうとする
やさしい声に惑わされずに
“ただの自分”で在り続けよう。

自分のために妊娠したいのです。

ラブを探求しているお友達
経産婦のあむりたちゃん
twitterで書いていたこと。

『イノチの交歓がセックスなわけだから、
避妊してセックスするなんてエロさ9割減。
あなたの子供産みたいですっていう、
そこにある命の危険も含めて
受け容れる信頼がないと、
女子の回路は開かない。』

まったくもって、そうだと思う!

語弊はあるだろうし、
しっくりこない人には
全然だろうと思うけれど、
わたしにとっては、どんぴしゃで。

バースコントロール』の記事で
書きたかったことは、そういうこと。

実際問題として
避妊した方が安心できるとか、
妊娠の可能性のないカップルでは
愛が深まらないとか、ではなくて
「心意気」とか「本気度」とかの話です。


それで、そういうメンタルをもって更に

『年齢とともにセックスの感覚が
飛躍的に深まっていくのと、
多分あれは同じ回路。
体の中で何かがつながってくる。
たぶんチャクラの間の断線が。』

『頭で考えると、
もう手一杯だから子供は、、、
って思うんだけどさ。
でも今、このカラダで出産なんかしたら
どんだけ気持ちいいんだろ』

なんていう具合に
カラダの感覚も深まると
そりゃあすてきだろう…!


出産を経験したカラダでのセックスや
妊娠中のセックスは
かなりかなり、気持ち良いらしい。
ってことは、
奥谷まゆみさんの本でも
夏目祭子さんの本でも
知ってはいたのだけれど。
出産はエクスタシーだというのも
聞いたことはあったけれど。

経験者の肉声はリアリティが違う。


もうひとつ
これは別の方ので、気に入ったツイート

『子供の頃、オバケのQちゃんとか、ETとかと、
出会って、いっしょにいるのって、
すごくうらやましかったけど、
それの本質的に欲しかったもの、
非日常や奇跡、胸がぎゅうっとしたり
わくわくしたりすることが、
ただ自分のこどもを育てるだけで、
手にはいることに、おどろいている。』

こういう、妊娠出産子育てに関する
わくわくどきどきするようなナマの声が
もっともっといろんな人の知るところになったら、
性の切り売りなんて悲しい行為は減り
出生率は上がるのではないだろうか。

もちろん、産めば誰でも一様に
育てることができるわけではないので
カンタンな話ではないにしても。


わたしはといえば、

他人の目を気にせず
他人の批判を恐れず
ただただ、心地よくあること
堂々と心地よさを追求することを
心がけているところなので

命をつなぐためとか
オットや家族の喜ぶ顔がみたいとか
女に生まれたからには、なんていう
「いつかの誰かのため」な理由は
横へ置いておいて

 たのしそう!気持ち良さそう!!

いまはそれだけの理由で
妊娠してみたいし
子どもを産み育てたいと思っている。

それでいいと思うし、

そう思えている自分を、嬉しく思う。


ワガママに生きることは
誰かを傷つけることもあるだろう
迷惑をかけることもあるだろう

だけど、どんなに配慮しても
いつだって誰かを傷つけたり
迷惑をかける可能性は消えなくて

だとしたら、どんなに考えても分かりっこない
他人の価値観を気にして
自分をきゅうっと閉じ込めるのではなく

傷つけられてもお互いさま
迷惑かけられてもお互いさま
あなたがのびのびしていると
わたしもゆったりした気持ちになれるって
笑っていられる方が、ずっといい。

そういう世界になってほしいから、
そういう自分でいようと思う。

わたしの奥底に見え隠れする「真実」に
すべてをゆだねる強さを持てたら、と思う。

それってつまり
自我とタマシイの交歓?

もしかすると
生きるということそのものが
とても官能的なのかもしれない。。。

統合-自分-方向性

ココロとアタマを
右脳と左脳を
統合したいと思ってきた。

自分の中にわきだしてくる
ありとあらゆる矛盾した考えや思いの中から

たったひとつの、ブレないものを
いつでも見つけ出せること

相反するものたちを和解させて
ひとつにまとめること

そんな風に捉えていた。けれど

ぜんぶ自分なんだ。
どれが間違ってるではなく
思考より気持ちがエライわけでもなく
それがわき起こっているとき
その瞬間は、それがわたしの真実で
なにひとつ否定することはないんだ。

そういう集合体、どんどん変化する、
一秒たりとも同じではいられない、
いろんな側面をもった生き物
それが「わたし」

いちいち分けたり、カテゴライズしたり
対立させたり、融合させたり、しないで
そのまま放置しておいたらいい。

わき起こるものすべてを取り込んで
満場一致の方向性を決めたり、
「使命」や「あるべき自分」を探したり
しなくていいんだ。

それで、諸々の思考や気持ちの奥にある
「直感」みたいなものを指標にしたらいい。

思い浮かべたときいに
「たのしそう!」
「気持ち良さそう~」って
カラダがほっこりするような
そういう「感覚」を頼りにしたらいい。

迷うときは
迷い続けることと
白紙に戻すことと
どっちがストンとして居られるか
思いをめぐらせてみよう。

どうしてもいろんな考えが出てきて
気になって振り回されてしまうときは
寝てしまおう。
歌いにいこう。
お酒をのもう。
カラダを感じよう。

わたしの進みたい方向は
カラダがちゃんと知っている。

不安は外からやってくる

周期22日目くらい
昨日も、今日も、3日前も
朝の体温は36.4度前後。

ここ最近の帯下とか性欲は
なんだったんだろう?
フライング?
不発?

気持ちや、括約 筋あたりは
ゆるゆるしているけど
(おかげで酒要らず!)
ガスがたまりがちだったり
手足はきーんと冷えていたり

自分がいま周期の中で
閉まる方向にあるのか
ゆるむ方向にあるのか
よくわからない。

前周期が順調だっただけに
「年内に妊娠するぞ!」って
気負いすぎているかなあ。


残念だけれど
きっとこのことも
「あれでよかったんだ」って
いつか言える自分も見えるから

残念な気持ちを
いまは存分に味わおう。

わたしは子どもを産み育てたい。
叶うかどうか分からないけれど
だからといって
願っちゃいけない理由はない。

わたしの身体は
妊娠しようとしているはずだ。
「常識」や「普通」のサイクルを基準にすると
順調でないように思えても
これが、わたしの身体のペースなんだ。

結果はいつも分からない。
わたしはただ
いいね!がんばってるね!って
自分に声をかけるしかできない。

未来はわたしの中にある。
くじけず、あきらめず、形にしていきたい。

なんとなく。

このブログを書くときはたいてい
書きたいことがある程度
かたまっているのだけれど

今日はこれといって無くて
それでもなにか書きたくて
書き始めてみた…


荒れ気味だったココロと生活は
ほぼ平坦に戻っています。

荒れるといっても以前のように
吐くまで飲み食いしたり
死にたいと喚いたり
何日も家事放棄することはなく

暴飲暴食願望が出てくると
「ゆるみたいんだなあ」と思うし

「早く人生終わればいいのに」って
つぶやいてしまうときは
「なにかガマンしてるな」と思うし

つまり不調はたいてい
「緊張」「抑圧」なのです。

「良くあろう!」と張り切りすぎだったり
気候変化やホルモンバランスだったりで
「緊張」したり「抑圧」したりすることも、
挙句、投げやりになることも、
「悪いこと」「ダメな状態」ではなくて
精一杯、生きているだけ。

そのことを頭の隅に置いておくと
気分が落ち込んできた時には
意識的に伸びをしたり
湯船に長くつかったり
食べたり飲んだりするにしても
これですこしラクになろうね~なんて
自分に対して、やさしくいられる。


意識的に我慢するならば
達成のたのしみもあるけれど
無意識の抑圧は
なんにもいいことがない。

わたしはお金を使うことに関して
無意識の抑圧が強くて、
意識にのぼってくるときには
いつも、すでに重症。
判断力が鈍って
なにもたのしくなくなって
いわゆるプチ欝状態になっている。

100円の野菜を買うことすら
迷って悩んで決められず
落ち込みが加速していく。

いろいろな選択
道に迷って「どっちへ進もうかな?」とか
「今日行くか、あしたにするか?」とかは
感覚重視で出来るようになってきて
結果オーライと思える場面が多いのに

なにかの拍子にお金にフォーカスしてしまうと
途端に「理屈」を探し始める。
納得のいく対価かどうかを考え始める。
どんなに考えたってわかるはずもないのに、
失敗しないかどうか?確認したくなる。

そうやって頭が先行したがるようになると
すべての行動が億劫になっていく。
正当な理由が見当たらないから
なんにも出来なくなる。
そして毎度おなじみの
「もういいよ、終わってしまえ」登場!


ことあるごとに顔を出す
わたしの中の「投げ出す人」。
この人を抱えながらそれでも
ここまでなんとか生きてきたからには
わたしの中には「続けたい人」も
いるはずなのだけれど

気まぐれで、ふわふわしていて、
頭で追いかけようとすると
すぐに消えてしまう。

おそらく、けっこうな熱血漢で
意気地がなくて
なにかに「熱血ポイント」を刺激されると
なんとかしたい!と反応するのに
衝動のままに動くのが怖くて
そうすると「頭」の出番で
そうすると、どんどん窮屈になる

ような気がする…

もうすこしうまいこと
連携プレーが出来たらいいのにね。

排卵期と経済的不安

なにやら精神不安定で
子作りどころではない排卵期。


いつもより早く
すっきり経血がおさまって
心はとても安定していて
オットとの関係も良好で
酒に酔っている状態を好ましく思えないから
自然と飲まない日ばかりになって…

そんな「不思議なほど健全」な暮らしは
2週間足らずで崩れた。

酒量や間食が増えた。
生活サイクルもずれこんだ。

アルコール耐性は落ちているから
以前の調子で飲んでいると
あっという間にふらふらになって
寝てしまう。

それでも、なにかから逃げるように
なにかを誤魔化すように
ふわふわしていたくて…


PCOS症状を緩和するために
卵胞期(低温期)に
甘いものを食べる量を減らそうとか

良い状態で卵を迎え入れるために
黄体期(高温期)は
刺激物を減らして体内を整えようとか

何度こころ新たにしても
やっぱり不安定になって
わたしは、わたしとの約束を破る。
自分への信頼を損なう。


いま我が家の収支は
とんとんなら御の字
足が出ることも多くて

そうなることは分かっていて
いまの生活スタイルを
選んでいるのだけれど

家具を買いたくなったり
旅に行きたくなったり、するわけで

そういうときに
貯金を使っていいのかどうか
わたしは迷ってしまう。

「いまのわたし」に
そういうお金を費やす「価値」があるのか
「意味」があるのか、判断できない。

その躓きはいつも
無力感、無価値感につながっていく。
途方も無い寂しさに襲われる。
くるしい。


お金を減らさないという安定・安全と
お金と引き換えにやってくる変化
わたしは両方欲しがって

だいたいの場合
安定・安全が優先される。
子どもの頃に身に付けた癖。

お金というエネルギーを
わたしは、わたしに注げない。
わたしは、わたしをゆるせない。


明日(数時間後)受けるセッションで
お金とわたしの関係を
紐解いてみる予定。
なにが見えてくるだろう?

選ばれるのではなく。

前の記事に書いた夢で
ひとつ気づいたことがある。

卵って
わたしの分身なんだ。

「おなかに入るお母さんを自分で選んだ」
っていう幼児の言葉を読んだりして
「選ばれる」ことばかり気にして
「わたしは選ばれないのか」って
被害者みたいな気分になったりしていた。

架空の我が子に責任を負わせていた、なんて
ちょっとぞっとする話だけれど
それだけ、なにかに縋りたかったんだと思うから
申し訳ない気持ちと同時に、
自分の必死さや、弱さが、愛おしくもある…


子どもが親を選ぶことは
魂レベルではもしかしたら
あるのかもしれないけれど

だけど
卵はわたしの体の一部で
オットの一部と一緒になって
あたらしい命の受け皿になる。

わたし自身が
心地よいと思えない体では
卵だって、心地よくないのは当然で

わたしが嫌がっていたら
あたらしい命だって
そりゃあ選びようがないよね。


妊娠を目指していたらいつの間にか
自分と卵とか
自分とあたらしい命を
別の意思をもった
別々のナニカのように
考えてしまっていたけれど

みんなつながっているんだ。

だから、わたしはただ、
わたしが心地よくいられるように
律するたのしさ
ラクするたのしさ
うまくバランスをとればいい。

わたしではない要素が絡んでくることだから
わたしだけで成し遂げられることではないから
思い通りになんかならないとしても、
叶えたい願いがあるのなら
わたしに出来ることをやるしかないんだ。

人事を尽くして天命を待つ。

妊娠に限らず
生きるってきっと、そういうことなんだろう。

女は毎月うまれかわる

(シモ系の話題あります。ご注意。)

32日目でリセットして
あたらしい周期が始まりました。

予想通りではあったのだけれど
35日を切ったのはひさしぶりで、びっくり。

初日が明け方からだったとはいえ
2日間でがんがんすすんで
3日目の今日はだいぶ少なめで
これまたいつもより早い感じ。

痛みも鈍い重さもほとんどないのは
毎回のことだけれど、
他にもいくつか、いつもと違っていて

初日と2日目
パソコン画面をみていらなかった!
目の疲れは頭の疲れ、
子宮に良くないのは知っていたけれど
ここまで体感したのは初めて。
みているとソワソワして
ブログ書きたくても手が進まない。
なんだか落ち着かなくて
甘いお菓子を食べたくなる。

あきらめて、ぼんやりしたり
部屋の片づけをしたり
本を読んだり、昼寝したり
していました。

それから、1日目だけ
いつもより臭うように感じたのは、
10月なかばから摂り始めた
排出系レメディセット(FNG)の影響かな?
10日目あたりに宿便?ってくらいの便も出てたし
子宮内一掃、だったら嬉しいなあ。

排血の減った今日は、
なにやら下から突き上げてくる痛みや
左脚付け根や脇下(リンパ?)の痛みが
時々やってきて、ちょっと気になっている。
アゴにうっすら吹き出物があらわれてるし
卵が育ち始めて、男性ホルモンが
活発になってるかなあ。
参考: http://le-style.net/topics/#pcos01


前周期、タイミングは悪くなかったので
期待値高めだったわりには
ショックも落胆もなし。
よし、次いくぞ!という感じ。

お酒を控えようと思っているし
(この頃すぐに酔って何も出来なくなるので
 飲んでもあまりたのしくない)
(飲酒後の尿のアルコール臭も鼻につく)

白砂糖絶ちも2,3日試してみるつもり。
(白癬菌にもいいはず)
(今日は頂き物クッキーの誘惑に負けたw)


今回のリセット2日前に
印象的な夢をみた。

オットと並んで海を泳いでいる。
濁って変な臭いのする海。
カナヅチなオットが沖にむかって
ぐんぐん進んでいくのだけれど
海大好きなわたしは臭いがいやで
あまり乗り気ではない。
足がつくかつかないかの深さまで行くと
そこはぐるりと岩場で、
出口の見当たらない湾だったと分かる。
砂浜へ引き返す途中
町へ流れ込む川への分岐を見つけたけれど、
あまりに浅いので行くのはやめて、
岸辺にある建物(水族館ぽい)の
ボイラー室みたいなところで寝ていたら
係員の女性たちに追い出される。


わたしはこれを
「受精はしたけど環境が悪いので
着床しなかった」のだと思った。

排卵期が過ぎたあと
精神的に不安定になった数日間
お酒ばかり飲んでいたら
「オレの努力を無にする気か?」と
オットに言われたことも、
関係しているかもしれない。

いわゆる夢判断では
どうだか分からないけれど、
わたしがそのように思ったということは
そういう懸念をもっているということで

どこかで思い描いている
「理想的な母体」ではないと、
自分にNGを出しているのだろうから

理想を下げる方向も考慮しつつ
出来ることはやろう、と思うわけです。


罪悪感など極力抱えこまずに
気持ちよく卵を迎え入れたいし

「妊娠に向けて自分を整えている」って
自己満足のいい気分でいられたら
なんだかたのしそうだし。

その範疇を越えないように注意しながら、
この周期を過ごしてみよう。


奥谷まゆみさんのおきらく整体生活
ちょうど手元に届いたので
卵巣ブリージングと
スローモーション体操も
さっそく取り入れます。

卵巣ブリージング:
 残血排出、排卵促進効果。
 卵巣の上に両手を当て、
 卵巣で息をしているように
 じっくりと呼吸する

※このブログ記事に説明あり。
http://ourhealth.blog134.fc2.com/blog-entry-161.html
(なにやら日本語が妙ですが…)

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