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潔く老いる

なんで生きてるかわからないし
いつ死んでもいいし
いっそ早く終わればいいのに

というのが
わたしの長年の気持ちで
嘘偽りはないと思っていたのだけれど

もしかするとわたしは

老いることも
死ぬことも
すっごく怖いのかもしれない。

それでもって
もしかしたらちょっとだけ
怖くなくなったのかもしれない。


“つかいものにならない”
“だれかの手を煩わせる”
---そんな風であってはならない。
という、慣れ親しんだシバリが

“つかいものにならない”
などと一概には決められないし
“だれかの手を煩わせること”が
だれかの救いになったりもする。
という、現実を体験して、ほどけた。

アタマで知っていたときは
アタマしかほどけていなかった。
カラダで実感したら
カラダに反映された。


観念はほどけたというのに
カラダはゆるむどころか
ぴしっと芯のような緊張がうまれて

どうにも居心地がわるくて
なんとか解放されたくなるんだけれど

もしかしたらこれは、これから、
わたしを動かしていくものかもしれない。


潔く生きるというのは、
潔く老いるということ。


友人のブログ
先日のふたご座の満月を
鏡リュウジさんは
「哲学者の死」と表現していた、とあり

うん
わたしのなかにいた
生に、存在に、意味を見出そうとしていた
哲学者は葬られた気がする。

瞬間をたのしむこと
それを積み重ねていくこと
人生ってそういうもの
人ってそれだけの生き物、って

いろんな機会に
ちょっとずつ
わかってきたつもりだったけど

恐怖を自覚してこそ
たのしみがくっきりする

きっと世界はもっと色鮮やかになる。


『利口さ、それがあなたの病気だ。
 賢くなりすぎてはいけない。
 止まることをつねに覚えておくがいい。
 極端に走ってはいけない。
 少しの愚かさと、少しの智慧はいい。』
(OSHO禅タロット 50.祝祭より)


いつかわたしの人生は終わる。
だとしたら
だからこそ
いまに注力しなくてどうする。ってこと

そして
だからこそ
つなげていきたい。ってこと


わたし、生きてるんだなあ。

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