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自分で在ることのさみしさ

わたしはクジラなので

みんながやっているように
軽快な波乗りはできないのだけれど

下からの俯瞰で状況がみえるので
みんなとは違う選択肢を言える。


わたしはクジラなので

毎日同じ椅子で決まった時間
座り続けることはできないけれど

あちこち流れ流れた先で
臨機応変に過ごすのは苦痛じゃない。


わたしはわたしなので

自分自身が心地よいかどうか
しか、わからない。

誰かやなにかを疎ましく思ったり
それを表現してはいけないと思ったり
だるくて動けなくて予定延期したり
義理を重んじることで身を守りたくなったり

そのとき、出来ることを
そのとき、やりたいように

生きるしかできない。


職場で
唯一の存在
という状況になることが
よくあった。
自分でそれを選んできたところもある。

自分で在れることの自由
自分しか居ないことのさみしさ

さみしいなんて
感じちゃいけないと思っていた。
さみしいなんて
仕方ないことだと思っていた。

人に生まれた以上
これはもう、必然なのだから
わたしはこの孤独に
耐えなくちゃならないのだと。


だけどやっぱり
わたしはさみしいよ。

だからこそ
みんなを世界を愛したいよ。

どうしたら伝えられるかな。
どうしたら
このさみしさを、いとしさを、
伝えることができるかな。

もっともっともっともっと
ひろくておおきくてまあるい
海みたいな
この気持ちを拡げていきたいなあ。


新年早々に受けることになっている
松本さつきさんの
キネシセッション。

実は、ことし4月に受けた
「開業支援キネシ」の続き
というか、やりのこし?
わたしの"たましいのパートナー"と
つながる方法を
教わることになっている。

なんじゃそりゃ?!
と思う自分も、いる。確実に。
だけど
なにやら面白そう、とも思う。

4月のセッションで
いただいたメッセージは
「パートナーとつながることで
 享受できることがあるので
 つながる「方法」を知りたいと、
 心から望んで欲しい」
ということだった。

先日、なんとなく、のタイミングで
さつきさんにセッションをお願いしたら

このたび、こうして、
心の底からのさみしさを自覚し
誰かとつながりたい!と
強烈に思うに至ったのでした…

オットがパートナーとして
物足りないとか
そういうことではなくて、
カラダを持っている以上は
別の「個体」なので
完全にわかりあうことは出来ない。
感覚を共有することはかなわない。

わたしのさみしさは
そこから来ている。

子どもがいたら・・・と
願わないでもないけれど
それでもきっと
このさみしさは変わらない。
下手したら
子どもに依存してしまう。

わたしがわたしで在ることを
受け止められるわたしになりたい。

これからの自分に期待。

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