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2011年2月の記事

パターンと不妊とお酒

今朝はふっと
「もう自分死ねばいいのに」なんて
うっかり思ったりしていたのだけれど 

それは、世界を自力でまわさなきゃって
背負い込んでるときのサインだって、
わたしはもう知っている。

すべてどうにかできるという自信と
すべてどうにかしなきゃという不安で
がちがちに力んで硬直して
プレッシャーでつぶれそうになってる。 
(それをゆるめたくて
 暴飲暴食したり、叫んだりする)

自分の思い付きや計画を
そのとおりに実現したくて、
できると思ってしまっていて、
そこから外れると
ものすごいストレスを感じるから、
すべてを投げ出したくなる。

そういうパターン。
もう慣れっこだ。

そういうときは
コントロールをあきらめる。
人生を投げ出すのではなくて
思い描いていること
実現できると思っていたことを
あきらめる。やめてもいいことにする。

予定通りに行かなかったからといって
その予定を立てた自分が
なにかに否定されるわけではない。
変化はつきものなんだから。

今日のハプニングは
自分が予想外の行動をとったこと。
それで脳内予定が狂ったので
しばしグルグル悩んだあと
「ひとりおでかけランチ」を延期して
「いまの自分にとって最適」なメニューを
考えながら買い物したら
プレミアムモルツ付きになった。

休日の昼間のビール、最高!
ほーっと力が抜けた。
お酒って素敵だ。
わたしのベストリラックスアイテムだ。

実はここのところまた
うちの子どもはまだかー!と
イライラしていた。
友人知人の妊娠・不妊関係の話が
偶然かさなって
なんだかもやもやしていた。

こんなふうに思うということは

「自分は妊娠できるものだ」と
どこかで決めてかかっているか

「妊娠できないなんてゆるせない」と
自分にダメ出ししてるか

ともかくなにか
自分でコントロールしようとしていたり
できると勘違いしちゃってるってことだ。

妊娠OK、不妊NG、
そんなふうに判断しちゃってる。
なにが正しいわけでも
誰が悪いわけでも
ないのにね。

自分のパターンに慣れてきて
セルフコントロール
上手くなってきたけれど

まだまだ、妊娠関連は、
ひっかかりどころ満載。

今月もおそらく
妊娠していることはないので
心置きなく、ありがたく、
お酒の力を借りるとします。

水瓶座を生きる

わたしのホロスコープは
太陽がみずがめ座で
月がふたご座にある。

月は「本心」「感受性」「感情」の象徴といわれる。

石井ゆかりさんの12星座本
みずがめ座を読んでもピンとこなくて
ふたご座を読むと合点がいったのだけれど

ここ最近の出来事から
自分の本質を認識させられ
そのうえで読み返してみたら
なるほど
わたしはそういう志向なんだな、と
客観的に理解できた。

わたしはなにごとも
平らかにしたいと願っているし
できると信じているのだ
根拠もなく。

ずーっと裏づけを探してきたけれど
どんなに探しても、たぶん、なくて
だけど、だからといって
わたしはそこを譲るわけにはいかない。

自分なりの論理で世界を再構築して
絶対的な自信をもって
そこにみえた理想を掲げる
わたしはそういう人間なのだ。
よくも、わるくも。

宇宙人とも友達になれる。
その自立と自由な感覚を
だれよりもまず、わたし自身が
大切にしていこう。

誕生日を目前に
そんなことを思っている。


sun太陽と月星座の違いはこちら
http://charapla.net/solve/?p=17

moon3月星座を調べるならこちら
http://www22.ocn.ne.jp/~uranai/horoscope.html

night石井ゆかりさん12星座本 公式サイト
読み応えあります。
http://12seiza.jp/top.html

ネット検索で探していたもの

このブログのアクセス解析を
ときどき、みてみる。

圧倒的に多いのは
「あいのり ゆーみん 隼人」で
もう何年も前のことなのに
情報を欲している人が
いまでもたくさんいるんだなあと思う。

それだけあの2人の物語は
印象的だったのだろうけれど
それほどあれに代わるものが
いまのこの世界にはないのだろうか。

ためしにググってみたら
このブログが1ページ目に来た…!
あいのりに言及しているブログは
たくさんあったと思うのだけれど
あの頃の記事を残しているのは
あんまりないのかもしれない。

検索結果をたどってきてみたら
こんな独白ブログというのは
なんだか申し訳ない。

でも、いま読み返してみたら
わたしなりの視線で語っていて
違和感はなかったので
そのまま残すことにします。

あと多いのは
不妊や妊娠関係
それから、スピ系の用語

不妊に悩んでいた頃
スピリチュアルにはまっていた頃
Googleで検索しては
何ページも何ページも
片っ端から読んでいたっけなあ。

なにかにとり憑かれたみたいに
毎日まいにち何時間も
目を皿のようにして

あの頃のわたしは
なにを探していたんだろう?

たぶん・・・
自分をゆるすための根拠
自分に為るための方法

~だから、これでいい
~だから、そうしなくちゃ
そんなことばかり考えていた
あの頃の自分に

 だいじょうぶ
 ラクになれるよ
 しあわせに気づけるよ
 だから、そのまま、がんばれ。

エールを送りたい。

思えば遠くへきたものだ。。。

お酒との付き合い方

昨晩の記憶がとんでいる。

焼酎ソーダ割りを飲みながら
料理をしていて
ちょっとペースが速いなとは
思っていたのだけれど
ロックグラスくらいのカップで
せいぜい4杯だし
残っていたのを飲んでみても
さほど濃いわけでもない

のだけれど
料理を仕上げたのも
食卓に並べたのも
食べたことも
まーったく覚えていない。
なんて勿体無い・・・。

こんなにきれいさっぱり
アタマから抜けるなんて
ちょっと信じがたいくらい
ほんとうに覚えていない。

オットに確認したところ
暴言を吐いたり
予想外のことを喚いたりは
しなかったようなので
すくなくとも家の中で
オットの前で
酔わなきゃ言えないようなことを
隠しもってはいないらしい。
それは、進歩だ。

それにしたって
このアタマの鈍い痛みときたら
めずらしく、二日酔いだ。

いつもなら4時間くらいで目覚めるところ
6時間以上、眠り続けていたし
量の問題ではないんだな。

今週は、時間的にも、精神的にも、
キャパオーバーだった。
待ちかねた週末の夜
無節操に飲んだら、このざま。

お酒にはずいぶんこれまで
助けてもらってきたけれど
もう、そういう付き合い方は
卒業なんだろう。

なにかを忘れるため
なにかを誤魔化すため
自分をゆるめるためではなくて

おいしいお酒を
心と身体のエネルギーとして
味わいながら
適量いただくことにします。

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