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まるごとのじぶん

先週末は、そみさん(本郷綜海さん)の合宿WS
ヒーラーズ・インテンシブ Vol.1「魂の目的を生きる」に参加。
別所温泉から車で10分くらいの、女神山ライフセンターにて
地に足をつけたまま天国にいるような3日間。すてきだった。。。

わたしは特になにを習得しているわけでもないので
ヒーラーと名乗るのも、そこに混ざるのも、おこがましく思えて
でも、流れにのって、直前で参加申し込み。

WS開始のチェックイン(自分を伝える時間)のとき、
わたしがここから持ち帰りたいものをあらわしたら
出てきたのは「まるごとのじぶん」という言葉で
いま、わたしはまさしく、まるごとのじぶんとしてここに在る。

そみさんの言葉を借りつつ表現すると
前半はVol.0「ともにある」というところがフューチャーされて
それは、あの地震を「生誕」とすると
次のステップ、胎内~言葉を得る前の時期の再体験。

わたしは、カラダとつながりなおして
そこからはもう、カラダがあることがうれしくてうれしくてうれしくて
たべるのもはしるのもうたうのもおどるのもなきさけぶのも心から存分にたのしんで
会場の10角形(かな?)のガイアホールをひまさえあれば
うきゃうきゃくるくるふにゃふにゃうたいおどりあるいているオカシナヒトでした。
いっぱいハグして、いっぱいわらいあって、みんなの音をきいて・・・カラダがあるってすばらしい!

そみさんのつくる空間は「安心安全」なんて明確な言葉とはすこしちがう
苦しさも心地悪さも幸せもすべてが自由に流れていくと確信できるからこそのくつろぎ。
自分で在り続けながら、他人とともにある。ヒトとしてこの星に生きる。
そのガイダンスがいつもそこにある。体現するそみさんが、その場にいても、いなくても。
そして、いまこの時この場にも変わらずにある。わたしのカラダにそなわっている。
2泊3日のあいだにとにかくひたすらわたしたちがみていたもの。これからも見続けるもの。

その土台があってはじめて
アタマとカラダ、母方と父方、感謝と怒り、死と生、天と地を統合できた。
わたしのなかにすべて、見事におさまった。矛盾したまま、相反するまま。
わたしはいれものでしかなく、なにをいれるかは、カラダが知っているのだ。

別々でありながらひとつであるということは、個々人の体験のなかだけにある。
カラダがあるってすばらしい。
わたしは命を自覚的に選んだ。選びなおした。
そのこと自体、それから、その過程も背景も、完璧だった。これからも完璧だろう。

もしまた逃げたくなったら
別々であることに耐えられなくなったら
カラダというギフトを受け取りにいく。
カラダがないことのすばらしさは、なくなるときまでとっておく。

わたしは、羽根として、大地に在る。

天にありながら、地につながる。

いのちがあるって、すばらしい。

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