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愚痴を変換

まだ魔法を思い出せないのでw  <前の記事、参照
アタマを使って愚痴をアイに変換した。

愚痴や文句って、
わたしにとって、怒りや悲しみの表現。

でも、ちょっと掘ってみるとそこには
相手や自分や世界をあきらめたくないっていう
情熱や忍耐、好意や期待だけがある。
もうそれはほんとうに純粋に。

わたしは、かつて、愚痴マシーンだった。
派遣先で、契約社員の若手女子をとっつかまえては
延々くどくど愚痴りまくって上司から注意されて
「改善した方がいいって進言してやってるのに!」とか思ってた。

酒の肴はたいがい愚痴だったし
母と会えば愚痴の言い合いだったし
コミュニケーションの大半が愚痴と言っても過言ではないかも、
と思うくらいに、愚痴ばっかりだった。

ほかに、知らなかったんだよね。
愛してるって伝える方法を、知らなかった。

いや、知ってはいたかもしれない。
でも、そんな風にハートから表現しちゃったら
泣き出しちゃうから
間違いなく、へたしたら号泣しちゃうから
「オトナ」としてそれはかっこ悪いから
やらないことにしてただけ。

クチサキで愚痴や文句を言ったり、
もうちょっと進化させて、進言や提案するくらいなら、理屈でいける。
やわやわなハートをさらけ出さないで済む。

自分を護りたくて身に付けた鎧。言葉という刃。

35年生きてきてわたしのハートはだいぶ、充電がすすんだ。
うっかりぐっさりきちゃったときの、応急処置もうまくなったし
たすけてくれる人たちがいることも、いつでもつながっていることも
傷も痛みはマヤカシだってことも、知っている。

感情的な意見は通用しないって思い込んできた。
一時的な表面的な感情からなにかを表現しても、伝わりにくいのは、たしか。
でもそれは、感情的であることが、劣っているということじゃない。

ハートにつながっていないものは、響かない。

わたしは、もっともっと、響きあいたい。

愚痴るより、抱きしめたい。


わたしがもっともっと素直にまっすぐに
表現することを選ぶようになったら
職場の彼女の愚痴や文句は、減るのだろうか?
乞うご期待。

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