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文字コミュニケーション

文章を書き、ネットで公開するとき
「ありのままの自分の意図をそのまま受け取ってほしい」
そう願っている自分がいる。

実際のところ、それは至極困難だ。
そもそも、相手の反応から、意図をわかりきることは出来ない。
ましてや、文字コミュニケーションでは無理に近い。

では、そんな、不確かで、制約の多い「文字」というものを
それでも使っているのは、どうしてなのか?

いまここに一緒にいないひとに
なにかを伝えうる文字

ものすごく膨大な可能性の、ほんの一面を
まるでそれがすべてかのように見せてしまうこともある文字

そんな、諸刃の剣。

文字をそこに置いたら
受け取り手の数だけ、意味が発生する。
蜂の巣をたたいたように。

そこではすでに、わたしの考えなど、1匹の働き蜂だ。

などと
言葉をあれこれ連ねるわたしは
ヒマなんだなあ…

汗水たらして働く人も多いというのに
PCの前であーだこーだと
言葉をこねくりまわすだけの自分を
なんて無駄な!と感じた時期もあったけど

考えるだけの時間と気力のある人が考え
それをこうやって書くことによって
それを読んだ誰かが、なにかに気づいたり
自分はそうじゃないな、って分かったり

そもそも人生は膨大な暇つぶしなので
労働するも、子育てするも、思案するも、自由であり
そこに優劣はない。

わたしたちはなんでも選べる。
そこに、限りない自由と、果ての無い孤独がある。


「ありのままの自分」を考えるとき
「自分からは死角でみえない自分」は、含まれていない。

文字ベースのコミュニケーションは
非常に制限の多い伝達手段であるがゆえに
予想外の可能性がひらかれる余地もおおきい。
読み手の視点が如実にあらわれる。

相手は鏡だから
相手から返ってきた(ように思うこと。受け取った)ことは
自分が把握していない自分の一面。

こうやってわたしは
わたしの世界をひろげていくのだ。

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