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団塊ジュニア世代のギフト

世間をながめていると
サラリーマンが圧倒的に多かった団塊世代と
そのジュニアたちの
親離れ・子離れがこじれているのが
多いなあと感じる。
自分を含めて。

父親が留守がちであろうと
仕事一辺倒であろうと
子どもに手がかかろうと
母親はあくまでも「夫のために」
家事育児パートに精をだし
そのことが夫にも伝わっていて
父親は、妻子の幸せを励みに
社会を男らしく生き抜く

それが、健全な姿だろうと思うのだけれど

母親は子どもやらを理由に
夫と向き合うことから逃げて
父親は居場所を失って

自分から逃げているだけとはいえ
子どもの世話やらで
さみしさをまぎらわせている
母親の姿に、子は心を痛め
父親に怒りを感じ
母親を守れない自分に怒りを感じ
それをぜんぶ、抑圧する。

本来であれば
子どもが泣こうが喚こうが
夫が一番大切。と、母は言い切るべきで

それによって子どもは
一時的にはさみしくもあろうけれど

男児であれば
母親のしあわせは父親中心であること
自分にその負荷はないことを心得て

女児であれば
父親は母親をなにより大切にしていて
自分はそのコピーでしかないことに甘んじ

自分だけのパートナーを探す助走になる。

夫婦間がすきまだらけで
行き違ったままなのに
形だけ、外見だけ、取り繕われていると
子どもは自立への勢いを得られない。

だから、嫁にいっても
実家べったりでファザコンのまま
夫を敬えずにいたり

嫁=(たとえ子がいても)自分が独占できる女
自分の獲物を待つかよわき存在によって
自分が男として成り立つ
そういう概念がないまま、独身でいたりする。

この、実の親子間で
成し遂げられずにいる
親離れ・子離れを
さまざまな形でやっているのが
団塊ジュニア世代のかくも多様な
男女間パートナーシップだと思う。

けっきょくのところ
男子にとって母親は
女子にとって父親は
永遠の初恋のひとであり
永遠の片思いであって

それを満たしたいがための
パートナーであることは
別段、おかしな話ではない。

ただ、夫婦が夫婦として円滑にまわるためには
それに加えて、
親子間では抑圧されていた
「性エネルギー」の循環がなにより大切で

親世代にそれをみていないジュニア達は
そこをうまく解放できないで
浮気・不倫にはしったり
DVになってみたり
子どもを虐待してみたり
「満たされない子ども」のまま、大人をやっている。

家庭内で性エネルギーを健全に発露させ循環させること。
子沢山だった時代にはアタリマエにできていたことが
核家族になって、難しくなった。

それを跳ね除けるだけのつよさを
ジュニア世代はもって生まれているのだと
わたしは信じていて

娘の婿選びを黙って見守り
娘婿に、娘のしあわせを託す心意気や
息子を心配で縛らず
自分の幸せ(夫婦円満)に注力すること

つまり
自分の領域を明確にし
自分は自分をしあわせにすること
その外については
未知数のダレカを「信じて託す」ということを
さまざまな形で、機会で、体得を試みている。

親子という関係のなかで
築かれなかったこの力を
大人になってから試行錯誤の末
得ることのメリットも、おそらく、あるのだ。

孤である自分と
それでもなお、つながろうとする自分

そこにひろがる無限の可能性に目を向けること

他者との
世界との
ゆるやかな信頼関係をベースにした
感謝に満たされた生活

それはもしかしたら
江戸時代の庶民の暮らしに
似ているかもしれない、などと思う。

もってうまれた環境のなかの
仕合せを感じる心

生きてるだけで丸儲け。

その心さえあれば
わたしたちは生きていける。


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