« ワクワク警報 | トップページ | 他人を気にかけるより »

うめ子さんグラウンディングセッション

11月にうけたうめ子さん
グラウンディングセッション感想
(というよりは、レポートか。)

ここでいうグラウンディングは
この記事にも書いたように
身体のすみずみに意識をいきわたらせること。

それだけ、ですが
身体にはすべてのこたえがあり
つまり、全意識を身体につなげることは
おおいなる叡智につながるようなもの。

グラウンディングコーチ・セッションでは
コーチが誘導しながら共にあることで
より深いグラウンディングになり
お互いの存在の共鳴から
そのときその場に必要なことが起きやすくなります。


4月の本郷綜海さん合宿WS当時から
うめ子さんにはなぜだかいろいろと投影しがちだったので
モニター募集をきいてもなかなか覚悟を決められず、
当日の朝に飛び込みでお願いして。

結果的には、1時間のセッションで、
かなり深い解放が起きました。


誘導にしたがってアタマから下へ降りていくグラウンディング
いつもわりとすんなりできるのに
この日はハートで止まってしまって
うめ子さんのガイドで、声をだしながらすすめていくことに。

うめ子さんも一緒に声を出してくれたんだけど
これが、超パワフル。

うめ子さんの声と、わたしの声が同時に響く。
共にここに居ることを、響きあう音で、体感する。
声は、声でしかなく。
重なる音は、音でしかない。

赤ん坊の頃、泣くことでしか表現できない自分が
母を困らせてしまうこと、かなしませてしまうことがすごく嫌で
『自分が表現することは、誰かを傷つける』
という思い込みが出来ていたこと、
それからずっと表現を抑えていてすごく苦しかったことに、気づく。

苦しくなって声が弱くなると、もっと!と引き上げてくれる。
わたしがうめくように声を出していても、
うめ子さんは、ただ、そこに居る。共に居てくれる。
わたしに影響されすぎることもなく、だからといって無関心でもなく
つかず離れず寄り添いながら、うめ子さんの場所に居ながら、
うめ子さんの声を響かせている。
そのことに、ものすごく癒される。

ふたりの女が、そういう風に共に在ることもできるんだって
それを体感させてくれた。
わたしはわたしのままに、湧き起こるものそのままに、
表現していいんだって思えた。
ゆるされてるって思えた。

時折うめ子さんが投げかけてくれる質問では
母の悲しみ(にみえるもの)はわたしの観念でしかないことやなんかを
認めざるを得なくなって、しぶしぶ、ふて腐れながら答えてたけど
ちゃんと言葉にして、口に出せたことも、すごくよかったと思う。

自分なりの表現に関心が向かっていたタイミングで
うたい手でもあるうめ子さんとのセッションを受けて
表現について観念を手放せたのは
グラウンディングの真骨頂かなーと思う。
起きるべきことが起こるのだ。
そこには、信頼だけがある。

あのとき起きた奇跡につながるすべてに、感謝しています。

« ワクワク警報 | トップページ | 他人を気にかけるより »

みえないもの」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21960/53760995

この記事へのトラックバック一覧です: うめ子さんグラウンディングセッション:

« ワクワク警報 | トップページ | 他人を気にかけるより »

カテゴリー

無料ブログはココログ

占い by いとうより