« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月の記事

楽観をゆるす

自分の中に生まれた思考や感情に対して
反応(レスポンス)することも
コミュニケーションで
自分の生命力を表現するということ。
なのね。と思い
(yoshi さんブログ記事『モヤモヤ感の対処法』 より)

わたしのやってること、わたしのレスポンスは、
誤解されると思い込んでたなー。 と気づく。

わたしが誤解してただけなんだ。
受け取ってもらえない、わかってもらえないと、決め付けていただけ。
数少ない事例、数少ない対象が、アノ時そうだったから、というだけで。
それくらい、アノ時のわたしには重要なことだったし、セカイのすべてだった。

でも、過去のハナシ。


わたしが、原発の先行きを楽観しているような発言をするとして。

それは、わたしに確信があるから、であって。

いま、がんばって変化を起こそうとしているひとを、
バカにしているわけでも、卑下しているわけでも、
共感していないわけでもないのだ。

ってことを、わたし自身が信じられていなかったのだ。

その、楽観の根拠を語れないことや、
少数派であることや、理解されないことを理由に、
わたしが、わたしを、信じようとしなかったし、
無いことにしようとしていたのだ。

なんてこった!

ごめんなさい。わたしのよわさを、ゆるしてくれていて、ありがとう。ありがとう。ありがとう。

時は来たのだなあ。
誰一人、共感してくれるひとが思い当たらなくても、
わたしはもう、逃げないことにするよ。
できるかぎり、そうするよ。

そうであれば、そこには必ず
それに響くひとがものが出来事が在るのだということも、
いまのわたしは知っている。

そして、それを見つける強力なツールが、twitterであり、ブログであり。。。
インターネット様様であるよ。


わたしは、わたしの楽観をゆるす。

ゆるします。

以上、自分のツイートより転記(一部追記)

わたしのあいしかた

ごめんなさいってずっと思ってた。

しらーっとしてて
見透かしたみたいな超然としたような口ぶりと態度で
邪気がなくて世間ずれしてなくて理想ばかり追ってて
ゼロかヒャクかの潔癖さで
飽きっぽくて

ニンゲン離れしててごめんなさいって思ってた。

こうやって文字にすると
おかしくてしょーがないんだけど(笑)

ニンゲンってなんだと思ってたの?
オマエがニンゲンじゃないなら何なの?
勝手にちいさく定義するなよと
怒りすら湧いてくるんだけど

ちいさなわたしには
とらえきれなかったんだもの

感じてないから、感じ取れてないから、
反応がうすいわけじゃないんだ

でっかくて、深くて、悠大すぎて
表にでる反応がちいさくなるだけ

ごめんね
わたしがいちばん
わたしを誤解してた

だってこわかったんだよ

あんまりにもおおきくて
あんまりにも自由で
とらえどころがなくて

不安だったの
わたしを映してくれる大好きなセカイを
いつか壊してしまうかもと思ってた

乱すだけだと思ってた

でも、それが、わたしのあいしかた。

だいすきなひと
尊敬するひとを
つなげていくよ

オーロラを織るように
縦横無尽に
駆け巡るよ

大好きなセカイ

からだいっぱいに
響きあうんだ

最小単位(夫婦)から拡大していく気配

昨日夕方、2月から逆行していた土星が順行に戻り
27日には金星も、約40日の逆行を終えて順行に戻る

規律、土台をあらわす土星
人間関係、お金、美をあらわす金星

わたしはなんでもひとりで抱え込みたがる水瓶座長女で、
オットは境界線のないうお座だけどひとりっこで、
ふたりして、協調とか協働ってのが苦手。

でも、それの転換期にきてる。
それでは立ち行かない
これ以上発展していけない感じがしている。
これ以上を望んでいるってことが、それぞれのなかではっきりして
それを実現するためには、他の要素を入れる必要があるって感じてる。
ふたりの空間に、他の要素があるのも悪くないって、わかりはじめた。

いろんな出来事を経て
いろんなスタイルを試みて
ふたりの心地よさ、安心感が磐石になって、やっと

もっと風通しのいい家にしていけそうな
ほかの人たちの手を借りられそうな

手始めに
家事を
ここのところ意図的にわたしが一手に担ってきたものを
協働体制にしていく

・自分の好みを堂々と主張すること
・自分にとって好ましい状態を実現するために、
 (命令や、正当性の主張ではなく)
 (暗黙で要求することなく) 協力をお願いすること
・相手(自分以外)は、わたしの願いを叶えようとしているのだと、信じること

このみっつをバランスよく
三つ巴で出来るようになって
やっと、健全な「パートナーシップ」になってきたような
(まだまだ修行中)

自分(たち)のこだわりを維持しながら
予期せぬ展開に持ちこたえる
それをたのしむ
ハラが育ってきたような

わたしがセラピーやロミロミや整体やトラ解(TRE)や
いろんなことでアタマをほぐして身体をゆるめて
感情(喜怒哀楽を越えたものを含め)のふり幅を
自分のうちにおさめられるように、徐々に変わってきたように

わたしとオットの築いてきたこの関係性も、
懐が深く広くなってきているのだといいなあ。

周期47日目

周期47日目

便通は順調

胸の張りはない

アルコール耐性が落ちてる
(ので、ほとんど飲まない)
(飲みたいとも感じない)

甘いものやコーヒーを
あまり欲しない

空腹感はつよい

昨日から腸内にガスがたまりやすい

昨晩、猛烈な眠気に襲われ
家事などで2度起きたものの
さっきまでひたすら布団の中
「おわった」と感じて起きた。
なにが終わったのかは、わからない。

そのうち妊娠するかもしれないから…と
4ヶ月放置していた(笑)
子宮けいがん検診結果は
近くのクリニックで
2時間待ちのあげく
ものの10秒
シロでした。

迷ったけど
しょーじきに書いておこう

期待は否めない

でも、執着はない

流れに身をまかせている

未来の願望はイメージだけ
細部はなんだっていい

わたしは
いまこのときの
わたしを心地よくさせることだけに
注力する

ひたすらそれだけ。

動いて、現実を動かして、
欲しい「イマ」を創り続けている。

怒りも嘆きもやさしさゆえに/問題のないセカイ

6月8日のmixi日記より

-------------


今日はハートがやわらかくひろがってて
いとしくてせつなくてうつくしくて
なにをみても泣けてくるほど。

そこに流れてきたツイート

今日福島の女性たちが経産省へ『再稼働しないで』と申入れに行った映像を見た。震災後、被ばくし続けていて、そこにはまだ子供もいて、命がかかってる人達の『野田総理へ伝えてください!』という真剣な言葉に対して‥『忙しくて、忘れるかもしれない。。』との回答。悲しい、、これが私の暮らす国
@inowa_ai
https://twitter.com/inowa_ai/status/210753817279602688

これに引き出されてきた自分の言葉が、
なんだか心地よかったのでツイート転記。

---------

この国には、かなしみと痛みがあふれている。
それはもうずーっと変わらずにそうだったのだけれど、
311以降それがどんどん表されるようになってきて、
いま、もうひとつ深いところへ行けそうな気配がある。

たとえば原発再稼動反対の願いが聞き入れられない怒り・悲しみ、だけでなく、
聞き入れることのできない立場にいるのだと心を閉ざしているひとの痛み。
当人の意識にのぼってきていないそれを、こちらが感じ取ったり、思いを馳せたりすること。

311のすこし前だったと思うんだけど、
祝島で建設作業を止めようとする人たちと、
作業に従事している人たちの、心が通じ合ったエピソードが流れてきていた。

あきらめない!って決めたひとは、
あきらめているひとを怒るのでも嘆くのでもなくて、
希望をみせてあげられたら、きっとなにか変わっていく。

怒っているひと、嘆いているひとは、
どうか、その奥にある自分の「やさしさ」に触れてみて。
それゆえに自分は、怒っていて、嘆いているのだということを、何度でも思い出して。
その場所に立ったとき、倒すべき敵も、ひっくりかえすべき現実も、消えるはず。

争いや、対立や、クリアすべき課題を制したあとなら、
自分を価値あるものだと思えるよね。
つまり、それと戦っているあいだの自分は
未完成で未達成で未熟で満たされていないのだと感じている。

でもね、ほんとうは、いつだって満たされているんだよ。
それに気づくのは怖いけど、でも、そうなんだよ。

わたしは愚かなので、満たされてるってことをすぐ忘れる。
そうしてまた問題や、気に入らないなにかを見つけだし作りだし、
それを征服することで満たされている感覚を取り戻そうとする。

そのことを知っているから、
いまは、問題をみつけたら
問題のない場所に戻るか、
楽しんで遊びとして取り組むんだ。

(それすらよく忘れるけど!w)

鬱々としてすべてに嫌気がさしたら
目の前の「めんどくさい」に手をつける。

片付け、洗い物、襟元の黄ばみ、拭き掃除
ちいさな、とるにたらない、攻略ゲーム

黄ばみが落ちたらラッキー
落ちなくてもプロセスがたのしくてハッピー

ちぇ、落ちなかった!ってがっかりな反面
次は違う方法でやってみようってワクワクする

セカイとあそぶ

セカイであそぶ

せいエネルギーのゆくえ

おとといあたりから
なにやら骨盤あたりが疼いていて

きのうは朝から
仙骨がみしみしいっていて

昼間、鬱々しかけたところを
家事に励んで持ち直したものの

夜になったら
フレアが出てるんじゃないかってくらい

ううううううっとうめくくらいに

男子高校生か?っていうくらいに

性、生、聖 エネルギーが 満ち満ちて、苦しかった!

SMにはしったり、
露出狂になったりするひとの気持ちが、
わかる気がした。

やりませんけど。

なんでやらないかって、
そういうのにつかうエネルギーじゃないって、
自分のどこかが知ってるから。

パウロ・コエーリョの「11分間」を思い出した。


すこしまえなら こんなとき

いかんともしがたい感情や欲求や衝動や
生きることについてまわる矛盾に悶々としたり
なにか問題をみつけだしては、こねくりまわしたり

あびるようにお酒をのんだり
何時間も歌い続けたり
腐るほど寝たり

もっとまえなら
タバコを吸ったり
サルのようにさかってみたりで

消費していたエネルギー 。

いまは、とてもじゃないけど
そういうふうに発散しようとは思えない

身体がついてこない
というより
よろこばないから。

それを無視できなくなったのは
老化なのか、成長なのか。

発散
ではなく
凝縮していくような
そういう「意思のちから」が
必要なのかもしれない

パッチワークをひたすらやるとか
もくもくと編み物をするとか
5円玉で金閣寺をつくるとか!


などと
いかんともしがたいエネルギーに
手をこまねいていたのだけれど

友人に、skypeをつかって1時間ほど
フォトショップ操作を説明したら
びっくりするくらい、エネルギーが昇華された。

布団干しても掃除しても
煮洗いに初挑戦してワクワクしても
オットに抱きついてもどーにもならなかった
あのエネルギーが霧散した・・・

他人とかかわること
それもtwitterやmixiみたいに
つれづれに文字を書き込んだり、読んだりではなくて
リアルタイムでコミュニケーションするってことが
わたしにとってすごく大事なのかもしれない。


こういうエネルギーは
身体由来なのかと思ってたんだけど
どうやら、そうじゃないのかも。

そして、身体を動かしさえすれば
循環するというものでもないのかも。

30なかばになって
身体で無茶が出来なくなったからこそ
アタマでぐるぐるするのに飽きたからこそ

このエネルギーの本来の使い方を
せざるをえなくなってる、というかんじ。

まだまだ模索中。
ずっと模索していくのかも。
どうかな?

満たしあうパートナーシップの実現

2011年11月09日のmixi日記
読み返して
ヒリヒリくるような意気に
我ながら感心したので、転載。

自分らしい夫婦像。
愛情表現。信頼関係。 コミュニケーション。

それを実現すべく
全身全霊で現実に向き合い
捨て身で実験してた頃。

------

性差を前提に
自分を一ミリも押し殺さずに
ほんとうに満たしあえる
アダムとイブの関係性を成り立たせるのは

満たすことをおそれない自分
満たされることを拒まない自分
貪欲に、正直に、すべての衝動をゆるすこと。許可すること。信じること。

失うことや
傷つけることを
恐れるならば
それは、
愛でもやさしさでもない。
信頼でもない。
そんな過保護な「特別」は要らない。

いちど壊さなければ
あたらしいものは出来ない。

破壊を恐れたら、なにも創造できない。

life explosion

あとに残るは
瓦礫か
新星か
それとも、なんだろう?

大切なのは、爆発することさ。

おとこのひとって

(昨年秋の記事・おんなの幸福な降伏を書くすこし前)
(2011年10月06日のmixi日記から。)


おとこのひとって

力が強くて

野蛮で

短気で

子どもっぽくて

話が通じなくて

怖い


って、今日、ふと、おもった。


男性に、勝たなくちゃって思ってたな

力で勝てないなら頭脳戦で

まっすぐさに勝てないなら複雑さで

怖くないふりしたかった

けど

やっぱり怖かったよ


こわいこわいこわい

だけど、だから、好きなんだ


あのね

ほんとはずっと怖かった

平気なふりしてたけど

怖かった


それでいいんだね

わからないものは、こわい。

だから

大事に扱う

百獣の王にもなれるひとが

わたしの隣でねむる

わたしと暮らしを共にする


おとこのひとにかなわない

ってことが

こんなにすてきだとは知らなかった


かなわなくてよかったんだ

かなわないわたしでよかったんだ

なんだなんだ

そうか

守ってもらえばよかったのか


ひとりでも歩けるよ

知ってるよね

でも、一緒にいるんだ

のぞまれるしあわせ

ついていくしあわせ


ぜんぶあずけちゃいけないと思ってた

重たいだろうし

捨てられたらこまるし

わたしはわたしでいなくちゃって思ってた

明け渡したらダメだと思ってた

明け渡せるような存在だと思いたくなかった


でも、もういいいや

降伏します。

わたしなんかが思ってるより

もっともっともっと

おとこのひとはつよかった。


そこに、おんながいるから。


おとこのひとって

すてきだ!

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

カテゴリー

無料ブログはココログ

占い by いとうより