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わたしが考えるワケ、その2

前記事からの続きです)


そうやって腑におちた
いくつかの【ものの見方】や【法則】のなかでも

【自分の内部=自分の外部(世界)】

これは気に入っている。
おかげでわたしは、俯瞰と自己分析によって
自分平和=世界平和を実現しているのだ!という
開き直りめいた思いを持てたから。
大義名分、大好き(笑)

ほかに気に入ってる考え方は

世界はすばらしくバランスがとれていて
すべての需要と供給が複雑に絡み合いながらも
【大いなる流れに沿っている】
いつだって世界は着々と、意図をもっているかのように、進んでいる。
だから
わたしが、あなたが、
なにをしても
なにもしなくても
大丈夫なのだ。ということ。

さらには
わたしから生まれ出るすべて(衝動も思考も)は
わたし独自のものではなく
その「流れ」の支流であり
「流れ」のために必要不可欠なのだ。ということ。

  こういうのは「言葉」でいくら表現されても
  「自分の体感」でわかるまでは眉唾もいいとこだと思うので
  ここでわたしが

   だから

  と、つなげても
  全然つながらないよ!と思われる可能性はたいへん高いのだけれど
  あえてそのまま書く。

だから、わたしが、あれこれ「考えてしまう」ことや
突拍子も無い発言をして場の雰囲気を変えてしまうことや
その他のありとあらゆるわたしの、誰かの、「クセ」も「選択」も
良いことでも、悪いことでもない。
と、思っている2012年現在。

↑この考えに行き着くまでにはずいぶん自分を責めたり恨んだりした。

そのような裏づけ?を得て
正当化することのできた
わたしの「考えグセ」 ではあるけれど

そんなに元気でヒマなら
もっと社会や人に直接はたらきかけるようなところで
建設的にエネルギーを使えば?
と提案されれば、それもそうだと思う。

わたし以上にわたしのことをよく知っているオットには
ずいぶんいろいろ勧められた。
小説家、レポーター、芸術家、政治家、キュレーターなどなど

実際、彼の思惑に乗っかって
4月にはふたり展なんぞやったわけで
そのためにほとんど「はじめて」展示作品というものを
突貫工事で、ごーっと創ってみたら
ごうんごうんと思考をめぐらせているより、ずっと愉しかった。

そう、たのしかった。

そのあいだは、たくさんの視点を同時検証するようなことはなく
ただ純粋に、まっすぐに、目の前のことに「没頭」できた。
きもちよくお腹がすき、きもちよく食べ、きもちよく寝られた。

わたしは、知らなかっただけなのだと思う。
「考える」という遊びが、あまりに手軽で、
いつでもどこでもひとりで出来て、便利だったから
それ以外の遊び方の発見や探求に、熱心ではなかった。

めんどくさいとも思っていた。
人生いつ終わるかわからないのに、うっかり時間のかかることをやって、
もし、終えられなかったら?と思うと、手をつけるわけにいかなかった。

これらが、「考えること」にばかり、かまけてきた理由の一部。


もうすこし続く。

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