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周期53日目、叶えたくない願い

火曜から続いている茶褐色の帯下が
日を追うごとに血液っぽくなり
内膜の欠片も混ざったりして
でも、いまだに、
いつもの1日目のような勢いにならない。

「これリセットじゃなくて不正出血で
 可能性はゼロじゃないよね?」って
思ってる自分がまだいる。

そんな自分を
馬鹿にしたように
鼻で笑ってる自分もいる。

満月まで待って検査薬を使おう。
あるいは、医者に行こう。
そうやって先延ばしにしていたのは
どうせがっかりするんだからと、
どこかで思っていたせい。

期待している自分を、
切望する自分を、
恥じるのはどうしてだろう?

それが叶えられるハズだなんて
思い上がったわたしがバカでした。とか
不相応な願いでした。ごめんなさい。とか

いったい、誰になにを謝っているのだろう?

どんなに予防線を張ったって
期待は湧いてくるのだし
無傷ではいられない。

その傷がまやかしだって視点も
わたしは持っているけれど
だからといって
痛みを感じる視点がなくなるわけでもない。

自分を誤魔化しきれるものではない。

自分以外のナニカをつくりだして
受身で無力な自分を演じるのは、不健全だ。
それがたとえ、妊娠という、
奇跡的に不可解な事象であっても。

妊娠出産という未知を
おそれるあまり
「運まかせ」に逃げる自分の弱さを
せめて、知っていようと思う。


セラピーや、なにかの場面で
「いつまでに妊娠するって決めちゃえば?」と
提案されたことが何度かあったけど
わたしはいつも、決めかねていて

だって、決めてしまったら、
その通りになってしまったら、
面白くないじゃない。

なんだか分からないことがあるほうが
人生、退屈しないでしょう。

(つまりわたしは知っているのだ)
(すべて自分次第だということを)

そうやって天邪鬼に
分からないままでいたい
願いが叶わないことで安心したい
自分に提案したい。

もうそろそろ、この課題で
「現実創造のからくり確認テスト」するのはやめよう。
わたしの身体が、かわいそうだ。


それでまた石井ゆかりさんの週報による
星の動きが、意味深ですね。

半年強を使った「勝負」がここに一段落。
満を持して、過去二年ちょっとの中で
ジリジリと積み重ねて来たことをここで一気に、
華やかに試してみる!
前提を取っ払って突き進む


もうね
無力なフリは
終わりにしましょう。

わたしが無力でいようとするとき
「有力ななにか」がうまれてしまう。
対立がうまれてしまう。

セカイを平和にしたいなら
わたしの内側の争いをなくすことだ。

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コメント

激しく同感です。
期待する自分を否定する自分。
長く不妊状態でいるとおかしな予防線を作りだしちゃいますね。
私は少し解放していちいち一喜一憂してみようかななんて思ってます。

>ユニコさん

そうですねー
誰に言い訳したくて
否定してるんだろう?って
ほんとに不思議・・・
どうせ、ショックなのにね!(笑)
わたしも、素直に感情を味わおうと思います。
そのとき大揺れになろうとも、
揺れてないフリしてこじれるよりは
身体によさそうだもの。

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