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愛のありかた-アムリタ(吉本ばなな)

よしもと(吉本)ばななさんの作品は
初期のものからずっと読んでいて
しかし

アムリタ

これは読み始めて、上巻の半分もいかないうちに、挫折した。
刊行は1994年。高校を出た年だ。

それから、彼女の作品には
あまり手を出さない時期が続いたのだけれど
この数年すこしずつまた読めるようになり
世界観に共鳴できるようになっていて

先日、友達が、アムリタの文庫を買ったというので、借りてみた。
なかなか手にとれなくて、手にとっても読み進められなくて、
うーんやっぱりなんだか読みにくい。と、中断していたのを
昨晩から、また、読めるようになって、読んでいた。

以下、母と、主人公の会話から、抜粋。

---------

「あんたは理屈っぽすぎるのよ。考えすぎなの。右往左往してタイミングをのがしてはすり減るだけ。どーん、とそこにいて、美しく圧倒的にぴかーっと光ってればいいの。愛っていうのは、甘い言葉でもなくって、理想でもなくて、そういう野生のありかたを言うの。」

それってフェミニストが怒りそうな意味のこと?

「人間が自分や他人にしてやれることの話よ。それが、愛、でしょ?どこまで信じきれるか、でしょ?でもそれをやろうとすることのほうが、考えたり話し合うよりどれだけ大変か。どれだけエネルギーを使い、不安か。」

つまり愛っていうのは、あるコンディションを表す記号だっていうこと?

「うまいこというわね。」
「あんたたちを見てると、何となく集中力が足りない、っていう感じがする。足が止まってるときが多い。何となく。何よりもただがむしゃらに生きたらいいのにって思う。」

---------

この会話のすこしあとに
母の名がはじめて出てくる。

たぶん、はじめて。
(すくなくともわたしはそう思った)


由紀

というのだった。

びっくりした。

最近の読書はシンクロどころじゃないことがほんとうに多いけれど
まさかまさかまさかここまでとは。

そしてこのあと主人公は

“巻き込まれざるをえない運命”
というようなものを感じながら
恋人とサイパンに行く。

そこで
歌を使って供養する
女性と仲良くなる。

わたしがサイパンにいったのは2008年。

帰りの飛行機でさめざめ泣いたのを覚えてる。
感覚をひらいたまま、気の向くまま
過ごしてる自分にはじめて会った旅だった。
日本の、帰国したあとの会社勤めでは、
絶対に、再現のしようがない、在り方だった。
(いまの暮らしでは、何割かは、再現できている)

主人公が感じたような
昭和初期の銀座のような
土地のおおらかさに感覚がひらいていったことも
戦跡で歌って歩いていたことも、覚えてる。

この小説を読んでいたら
あのときと同じようには
行かれなかったんだろう。

(それならそれで、あるべき形で、なされたのだろうとは思うが。)


ひとまず上巻を読み終えたのだけれど
下巻に手をつけたものかどうか。

オットが、「読むの、やめたら?たのしくなさそう。」
「修行に挑むみたいな顔してる」と言っていた。
(登場人物と設定と、母の名のくだりを話してきかせた)

たしかに
ちょっとシリアスにとらえすぎている。

だって
わたしの人生の謎解きみたいに
伏線がつながっていくみたいに
展開していくんだもの。

感動を通り越して怖いくらいだ。

もし、ここで、読むのをやめたとしても
小説というかたちで情報をえなかったとしても
うまいようになっていくことは、確信してる・・・


ちょっと休憩しよう。

なんにしても。

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