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セカイを創る

文章を書いているとき
完成形がすでにあって
そこに向かって書き進めているように
感じることがある。

らんちゃんのmixi日記
わたしの日記をまるごと転記されたのをみたら
色合いが変わっていて
それが、なにかのヒントになっていきそうな気配。

最近のパターンは
mixiで書いて、いったん寝かせて、
語調をすこし整えて、ココログに転記。

mixiが書きやすいのは、クローズ空間だからとか
慣れてるから、というのも大いにあるけれど
入力フォームの雰囲気だとか
入力画面と、アップ後の画面の差異が少ないこととかも
けっこう関係している気がする。

アメブロだと、こういうノリの文書をアップしづらい。
文字色や装飾を前提にしている感じがあって
淡々と文字を書き連ねたら、そぐわない気がするから。

場(の流れ)を乱すことは避けたい。

わたしにとって
文章のかたまりは作品で
アップする場所は額みたいなものもしれない。


時間は、過去から未来へ流れているのではなく
未来から今に流れ込んできているのだ、という概念がある。

わたしが文章を書くときの感覚は
もしかしたらそれに近いのか?


わたしはたくさんの情報を自動的に、意識的に、集める。
人・物の気配、星の動き、
ツイッターやmixiやアメブロで目に入ってくる情報、
空模様、自分のうちにわいてくる思考や感情、、、

そこから、「イマの流れ」と「未来」を見出す。
どこへどのように向かおうとしているのか?
起きた出来事がなにをもたらすのか?

けれども。
もし、わたしがわたしの世界を創造しているというならば
わたしは「集めた情報から見出して」いるのではなくて
欲しい未来、望む未来、あるいは 思い定めた未来 を創るための
材料を集めていることになる。

目に付く材料がこれとそれなので、こうなる。こういうことだ。
ではなくて
そうなることを導くような材料を見繕っている。
ということ。


うまく言葉にならない。
自分でもまだすっきり分かってはいない。
書いたらわかるかな、と思ったんだけど。


見えないものを、見えるようにする。
無いものに、カタチを与える。

言葉のちから

セカイのからくり


10月ワークの前に
9月ゲストさんと
言葉について
メッセージでやりとりしてたときの文章を
ここに引っ張り出しておく。

いまだに自分でも消化できてない部分。

きっかけは、ふたこさんの文章
facebookより

【ことばは呼吸などと一緒で、意識と無意識の境目にあるものだと思うのです。  無意識的に自動的に出てくるに任せることもできるし、無意識を反映・構造化している。  それを意識の側から操ることで、無意識にある自分のこころや、 それが反映される世界に変化をもたらすことができる。】

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体験するだけで
肉体はきっと十分だけど

それを、魂に紐付けるのが
言葉なのかなあ

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体験・体感しただけじゃなくて
それを言葉にできるようになったとき
はじめて、一体になった感じがするんだ。

言葉にすることで
漏れてしまう部分や
変質してしまうところも
たくさんあるはずなのに

言葉でくくって
分離してみてはじめて
溶け合ってた!
って、感じられるのかな。

この、分離が必要っていうの
肉体をもってる以上は
セットなんだろうなあ。
なんだかんだいって、分離すき。みたいな。。。

---

創造と破壊の違い

壊した瞬間、ちがう状態になる。その状態が生まれる。
なにかが生まれるってことは、無を壊すこと。

変化。

すべては瞬間にある。

同時に。

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