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別々であることの醍醐味

ワークの打合せのとき
らんちゃんがたびたび言ってて
ブログにも何度か出てきてるけど

 自分をなくして
 ゲストの鏡になる
 でも自分のまま

この感覚は言葉にしづらいんだけど
ワークをやっていて
すごく実感としてわかった。


らんちゃんが誘導してくれて
わたしはみんなの輪のなかで
バディと手をとっていたけれど

どっちが上でも下でもなくて
ただ役割が違うだけ
らんちゃんが2人いるのと同じ

ひとりではできないことをやるために
わたしたちは一緒にいるんだなあって

全体のなかの
パーツとしての自分

それは、らんちゃんとわたしだけじゃなくて
ワークで、エゴ役と光役と選択する立場と見守る立場
それを指揮する立場に、それぞれあっても

みーんな自分。

いつだって入れ替われる。
でも、選んでる。
好みの場所、立場、役割。
いつでも選びなおせる。

それやりたい!
そっちもやってみる!!
ここ飽きた!

なんでも自由なんだ。

わたしがここをやらなかったら
あとはどうなっちゃうんだろう

わたしよりうまくできるひとなんて
いるはずがないのに

せっかくいい感じにやってきたの
やめちゃうなんてもったいない

わたしにはあんなこと
できっこない

--そういうの
なーんにもなかった
ワークの空間

みんなそれぞれカンペキで自由自在って知ってた。

あなたがわたしで、わたしもあなたで
その声も、その思いも、みんな共有してた。
他人事なんてどこにもなかった。

ちがう場所で
ちがう身体で
それぞれ選んできた
ここで、これをやる!って。
そして、あの日、みんなであれをやるってことも、きっと決めてた。

ワークの場にいても
お祈り枠でも
翌日のセッションでも
まったく無関係にみえても
どんな関わり方でも
みんなつながってて

抱えている量も
抱え方も
それぞれ違うけど
みんな自分が選んだことで
損も得もなくて

みんなみんな貴い「個」で、「ひとつ」だった。

これからも
そうやって
それぞれの場所で
それぞれの身体で
やっていく。
やりたいように。

それが「全体」につながる方法。

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