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鏡にみる自分/損してもいい

数日前の殴り書きメモ@風呂
そのまま書き起こし。

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わたしのやること、やってること

もやから出る方法・歩き方 ではなくて
もやを一瞬、吹き飛ばして希望をみせる。リフレーミング。
(動くかどうかは相手におまかせ。信頼。待つ。放置。)

自分より若い、自分よりあとにのこる人に
「わたし」を知ってもらうことで
わたしは生きながらえる。
「わたし」が有形無形にのこっていく。
だから、それだけで、ありがたい!

子孫を残すかどうか、という動物的なことではなく
もっと瞬間的なこと。「いま」関わっている、その意義。

自分より上、先のひとには、道をつくってくれて、感謝。

引き受ける:責任
受け取る:恩恵

末端の自分を認めることが
つながるすべてへの敬意、感謝

しがらみという根
先祖が用意してくれたもの
「いま」をつくるのに、
「これから」に、必要なもの

「いま」は未来に必要なプレリュード。過去の結果ではない。

他人という鏡をつかって
わたしは、わたしを知る。
わたしの輪郭がみえる。

ぜんぶ利用する。
荒らして、去る。
それが「悪人」と思えるとしても、それでいい。

わたしに必要ならばやるし
そうでなければやらない。
シンプル。

「悪人」をやらされることもある。

伝えたいことは
がんばらなくても
しかるべき時に
しかるべき人に
しかるべき方法で、伝わる。伝えられる。

がんばって告知、宣伝する必要はないし
伝えたくないことは、伝えなくてOK。

あんたなんか要らない
あんたの世話になんかならない

そう言いたい自分。

無力であるとき
どこかに有力が発生する。
傷つけられ、利用されたように感じるけれど

相手と関わることで
変わってもいい。
変わらなくてもいい。
自分で選べる。

「損してもいい」

とことん、尽くし、貢ぎ、捧げたらいい。

わたしのほうがスゴイ

そう言いたい自分。

わたのほうがスゴイところもある。

それがニュートラル。


特別でいたい自分。

特別である自分。

わたしが、その瞬間、だれかの特別であること。
なんでもない、たいしたことない、取るに足らない、どうってことない自分ではなく
なくてはならない、わたしだからこそ、目の前の喜ばしい状況がある。それを認める。

固定的な、永続的な、確約された「特別」を求めるより
いまこの瞬間の「特別」をみる。

それを認めたら、だれかの「特別」も認められる。
だれかが、だれかにとって「特別」である瞬間があるってこと。

わたしはとにかく体験したい。

あのとき、あれを選んだら、あれを体験できたのでは?
いま、これを選んだら、あのひとの味わってるアレを体験できるのでは?
欲張りな思いが、未完了でくすぶってる。

なにかのタイミングでひっぱりだしてきて
今、これなら、体験できるんじゃないかって、こねくりまわす。

誰かの体験をうらやましがる。
それが悲しみや、呪いや、憎しみであっても。
自分のなかに材料を探して、創造して、味わおうとする。

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