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脱皮と異世界

ねとらじが終わってから内向モード。

自分のアメブロが書けない。
(あれは外面なんだなあとこういうとき、しみじみ、思う。)

ひとり遠出ができない。
(おそらく。しようともしないし、する必要もないので、問題にならないが。)

内向モードと表現力してみたが、実際には、
なんていうか、とっても子供じみた感覚でいるんだと思う。

セカイと触れ合うこと、係わり合うことに、抵抗がある。こわい。不安。

誰かが一緒なら大丈夫なのは
安全圏をつくれるから。
安全だと感じていられるから。
(だから、誰でもいいわけではない。)

脱皮したてのカニみたいに
やわやわなのだ。境界が。

このモードではない時ならば
ひとり移動も、セカイを眺める時間、
好奇心をはたらかせて観察する時間として
たのしむことができるのだけれど

このモードのときは、
いちいちいろんなことが
せつなくてかなしくていとしくて、消耗する。

だれかと一緒ならば、そのひとに
フォーカスをあわせておけばいい。
閉じたセカイ。
そこでは、相手とのコミュニケーションが成り立つ、という安心感。


この猛暑に適応するためでもあろうけれど
毎日よく寝ている。
夜ふつうに寝て朝おきて弁当をつくり昼までまた寝ているのに、夜またちゃんと眠くなる。
星回りの影響もあるんだろうか。


いま「ほんとうの『ゲド戦記』 英文で読む『アースシー物語』」を読んでいる。
ゲド戦記はこんなふうにおもしろい。というのを
信頼する友人からきいて
興味がわいたのだけれど
映像は苦手だし、6冊ものシリーズを読むのは避けたくて
ちょうどよくこの本を見つけた。
英文は和訳とセットだから英語のおさらいになるし、
著者(本橋哲也氏)の世界観、解釈はわたしになじみやすい。


異世界ファンタジーは苦手だ。
はいりこみすぎて、ごっちゃになるから。
現実にもういちど適応しなおすハメになるから。

もうかえってこなくていいのなら
いくらだって読むだろう。

旅は終わるから旅なのであって
日常との対比がより旅をうつくしくするようなところがあるけれど

わたしはたぶん知っているんだ。
ずっと異世界感覚で生きることも
ずっと旅の最中のように
自由で刹那的に生きることも
できるはずだと知っている。
けれど、あきらめている。
何度もあきらめてきた。
不調和が起こるから。

ちいさな閉じた世界でなら
わたしはわたしにそれをゆるしている。
その感覚、生き方を、
ゆるせるようになってきた。
すこしずつ、拡がってきてもいる。

いまはまだ、心ひとつで
異世界に飛び込むことはできない。

だれともほんとうには分かち合えない
セカイを複数、自分のなかにもつなんて
さみしすぎて出来ない。

(そのさみしさは幻想だ、という視点はあれども。)

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