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夏の終わり。秋のはじまり。

なにかが行き過ぎるのを、
息をひそめて、
ひたすら、待っている、
やり過ごしている感じなんだ。

なにが通り過ぎるのか、
いつかほんとに通り過ぎるのか、
それすら定かでないというのに、
細心の注意を払って、脱力状態を続けている。

ぼんやりと、極力フォーカスを定めずに、
なににも反応しないように。
遮断ではなく、無視でもなく、、、やり過ごしている。

澱みそうで、腐りそうで、そんな緊張をいくらかはらんだまま。
蜘蛛の糸のハンモックで昼寝。そよ風に吹かれながら、、、
なにかが掛かるのを待ってる?
バカ話してるその奥で、歌い踊ってる奥の奥で、
ときに焦りを感じながら、
待つ。待つ。待つ。

こういうとき、誰かに、なにかに、救いを求めたくなる。
熟練セラピスト。凄腕ヒーラー。
信頼し、敬愛する、あのひとや
おなじ響きを感じるあのひとならば
スコーンと一掃、あるいは、
ちいさくたしかな打開をくれるかもって。

でも。その選択はしない。

分かってもらえないかもとか
高額だからとか
遠回りかも、とか
そういう恐れから、ではないように思う。

たぶん。わたしはいまなにかを探求している最中なのだ。
ほんとに呑気で、平和で、快適で、
そこそこ愉快な日々からチャージする
善きものを糧に、うごめいている。

そのうえでワタシは、善きものの質や、比率を、
あげることに専心している。

、、、そういうことにしておく。

怠惰な暮らしの言い訳。正当化。だとしても
こんな探求すらも
イマのワタシに
ゆるされているのだと
折々にかみしめながら

今を過ごす。


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