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2014年9月の記事

どれほどの

身体は安全な乗り物です。

このひとことをアメブロで言いたくて
記事を書き始めたら、案外ながくなった。
http://ameblo.jp/kujirararan/entry-11927539066.html


この身体に

どれほどの叡智が
詰め込まれているか

どれだけの想いで
組み上がっているか


新陳代謝
未来は
うちがわからやってくる
自動的に

いま、なにをしでかしたって
木っ端微塵になったって
終わると思わないで。


未来は、可能性で
可能性って、いのちの力。

運ばれていく
全方位に拡がっていく
つながっている

「ただしい未来」のつくりかた

相手をみくびらないこと
相手の機嫌は、相手のもの

身体に過保護にしない
いのちのちからを侮らない
寿命を生ききること
寿命を受け入れること
死ぬんじゃないかと思いながら縮こまって生きてようが、なにしてようが、死ぬときは死ぬ。
死ねないときは、死なない。
いま生きているなら、これまではぜんぶ正解だったし
いま生きているなら、これからをつくっていくしかない。

正解だった!と言える未来をつくること
なんとかなるのを待ってられないなら、なんとかすること
「する」のはじぶんにしかできない
「これでいい」と言えるひとは、ほかに誰もいない
「これでよかった」と言える未来を、つくっていく
「これでよかった」と言える前提で、ひとつひとつ選んでいく

なんでも利用する
ホルモンのせい、薬のせい、星のせい、天気のせい、、、
(ひとのせいにするのはおすすめしない)

なんとしても「気分良く」いること
ご都合主義上等
傲慢こそが調和への道

だれかから遠ざかろう、断ち切ろうとしているときや
だれかを嫌おうとしているときは、じぶんを疑うこと。
ひとは、誰ひとり、嫌いたいわけがない。

バーン!と大きく事を為すことと同じように
ちいさく、そっと、積み重ねることは難しい。
突破力と、忍耐力のバランス。

他人と関わる部分で変化を起こすのが怖いなら
もっとちいさなことでいい。
歯ぶらしを持つ手を変えるだけでいい。
それでも、とにかく続けること。
どうなるのか?変化を待ってみること。

日常のささいな動きを変えることが
おおきな変化のうねりをつくり出す。

じぶんを責める癖だけやめようとしても、うまくいかない。
あきらめる、手放す、降参する、、、
心理的アハ体験は、意図的に起こすものではない。

わからないこと、できないことは、置いておく。
できることを、探して、やってみる。変えてみる。

いまのじぶんでも、できること。
いまのじぶんのまま、変えられること。
どんなに小さなことでも、「変える」気持ちと
「変化を見つける」意識が大事。

これでだいじょうぶ?確証はどこにもない。(つくっていくものだから)
不安で身動きできなくなったら、だれかに聞いてもらうこと。
どうなるかわからないことに変わりはなくても、
それを知ってくれているひとがいれば、だいじょうぶ。
みんなで、どうなるんだろうね?と言い合いながら進んでいく。

じぶんでできないことは
誰かができること。
いまのわたしたちにできないことは
未来のだれかができること。

未来にツケを残さないことよりも
イマを留めないことが大事。

あとのことは、あとのひとに任せていい。
じぶんのうちがわからくる衝動に、素直でいること。
じぶんをきもちよく保つこと。

だれかを嫌い続けることは
じぶんを蝕んでいく。
世界を衰えさせていく。

なにひとつ嫌わずに生きられる世界をあきらめないこと。

ひそやかなテロリズム

市場経済の一部である企業や組織に属する
スピリチュアルな観点を備えたひとたちが
日本社会を変える起爆剤になる。

そういうひとを育てたり、支えたり
息抜きさせる場も、また、必要で

結局のところ、みんなで分担して
お神輿をひっくり返すのだ。

スピリチュアルや心理業界も
集合意識を軽くするのに欠かせないし

実際に行動してみせる
間近で背中で語る実働部隊も欠かせない。

力があり、器用なひとは、
いろんな役割にハマることが出来るが
それゆえに、適材のすくない部隊にまわされる。

ひょうひょうと組織に居て
ホウ酸ダンゴのように
じわじわ
確実に
はたらきかける。

至極地味ながら
先鋭なのだ。

日常レベルで
ちいさな浄化を重ね
ちいさいがゆえに
影響は、はかりしれない

ほんのイチミリの軌道修正が
おおきく、おおきく、世界を変える。

表面上その対価は給与のかたちをとるが
みずからを通過させることで
貨幣の価値を上書きしていく、浄化装置。

使い古され磨耗した価値を刷新する
ひそやかなテロリズム。

いよいよ、世界は変わろうとしている。

満月ダイブ(OD的な飲酒について)

ワインをがぶ呑みして
ばったり寝た昨晩
満月にどっぷりダイブ

お酒でアタマをゆるめたあとの眠りは
無意識という宇宙へのトリップみたいだ。

ごはん支度をしながら
ハイペースで飲んだ。
じぶんでもちょっとおかしいと気づいていたけど
はやく、はやく、もっとたくさん
飲んで、飲んで、飲んで、

ごはんを食べ終えたら
片付けもせず、じきに落ちた。

お酒も、薬も、異世界トリップのツール。
ODするのも、こんな感じだろうか?

現実から逃げる方法と
考えられているけれど
なにかを取りに行ってる気もする。
もらいに行く
あるいは、なにかを洗い流す
浮世でみつけたあれやこれやを異世界に届ける

サーファーが海に入るように
わたしは眠りの世界に行く
通常の睡眠とはちがう世界に行く

瞑想だとか、ほかの方法で行くことも
できるのかもしれないけど
わたしはお酒が好きだ。
薬を選ぶひとは、薬が最適なのだろう。

10年くらい前、システム系フルタイム勤務のとき
毎晩のようにたくさん呑んでいた時期があった。
気絶するように眠りに落ちるまで飲み続けた
(海王星が水瓶座にいた時期と重なっている)

今回の満月はうお座で、ちかくに海王星がいて
度数の真ん中あたりで満ちたのだとか。

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そこは反対側にあるサインの性質が入り込んでくるポイントなので、
矛盾や葛藤に満ちていて、
脆弱で折れやすい場所だとも言われています。
しかしそれは「影の要素」を取り込んで、古い壁を壊し、
1つレベルを上げるための貴重なチャンスになります。

占星術家しゅんじ「宙の色(そらのいろ)」

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弱いから、お酒や薬でトリップするのか?
違う気がする。

この気が
わたしのちいさなエゴの声(自我)からくるのか
真我なのか、あいまいではあるが・・・

トリップは、ただのお役目だ。

なにかを取りに行く。
なにかを届けに行く。
なにかを入れ替える。

いまの日本社会では
その方法は褒められたものではないが
アルコールや薬物なしに
トリップできれば体にはやさしいだろうが

合わなくなれば
自然と変えたくなるだろうし

お役目を手放すことも、できなくはないだろう。

飲兵衛の自己正当化だろうか。
それでも、いいや。
正当化ばんざい。
捏造上等。

すべての衝動には崇高な目的があるのだ。きっと。



今回のトリップはなんだか
オットを置いていった感じがしている。
今までだってそうだったのだけれど
気にしてなかった。
気づいてなかった。

わーーっと飲んで酔って眠りの世界にダイブするのを
なすすべなく見ているのはどんな気持ちだろう。

ひとりでかってに盛り上がって
ひとりでかってにイッてしまう
ひとりよがりなXXXみたいだ。

「酔っぱらいは嫌いだ」というオットの言葉は
わたしのなかの「なにか」からの言葉。

「そろそろお酒やめたら」という言葉もまた
きっと、そういうこと。

お酒に代わる方法で
じぶんに合ったものを
いくつか、知らないでもない。
手軽だからお酒を利用するだけ。

この利用方法は、やめどきなのかもしれないなあ。

ヒーリング考

そんなもんで癒されてなんかやらんわ!
という気持ちが、出てくることがある。

そんなもん(ツール、時間、料金、在りよう等)で
“ワタシ”を癒せると思うな!
思い上がりもたいがいにしろ!
という感じ。
(どっちが思い上がってるんだか…)

“ワタシ”は癒されたいわけではないが
理解されたいとは思っている。
そこに至るまでのこと
その痛み
それでもなお在り続けようとする、崇高な意思。

痛みを、痛みとして扱い
取り除こう(変化させよう)とする手法は
“ワタシ”を複雑化させることがあるように思う。
ガンが転移するかのように。

それもまた最善で、好み次第でもあって
どうしたいのか?なにか働きかけが欲しいのか?
それは“ワタシ”自身が知っている。

“ワタシ”が、わたしを導く。それぞれのペースで。
痛みを理由に、だれかと知り合うことが出来たりもする。
痛みを痛みとして扱うタイプの
ヒーリング手法を選ぶこともあるだろう。
つまり、否定したいわけではない。

ではなにが言いたいのか。

なんだろうなあ。

たぶん。まっしろを目指す傾向を、危惧している。
ちりひとつない状態や
ひとつも滞りのない状態を
「ほんとう」だと思っているなら
それは、違うよ。ということ。

わたしはたちはみないびつだ。
そして絶え間なく変わり続ける。

核にある不変のところは
純白ではなく、漆黒のカオス。
うごめいている。

不完全と、完全が、同意語なのだ。

弱さをみとめる

弱いままでも
生きられる
ゆたかで便利ないまの暮らし

ご先祖様たち、ありがとう。

わたしはわたしのプログラムを生きる。

肉体的にはとてもラク。
申し訳ないほどに。

だからこそ取り組める、意識の拡大と統合。

それでいい。

ああ、また、ひとめぐりした。ひとつのぼった。螺旋階段。

弱さも含めて、わたしだ。

酔いどれ覚醒

眠りにつくためのように
ワインをたくさん飲んだ

今月だって妊娠の可能性ゼロじゃないのにね
でも妊娠してても飲めるときは飲めるだろうし
飲むべきでないときは飲めない展開がやってくるだろうから
だいじょうぶじゃない?とじぶんに言い聞かせる

罪悪感がかすめる

妊娠してようが、してまいが
ああいうお酒の飲み方は
体に負担だと、思っている。

オットと入れ替わりで起きてきた。
最近、早寝はしても、朝までぐっすりなのに
アタマが覚醒しちゃってる
酔いが抜けたあとの感じ
排出してスッキリ
二日酔いの朝みたい

体が機能している
生きている

夜中2時過ぎ
月は、蠍座から天秤座へ
ドラゴンヘッド蠍とわかってから
さそり座は鬼門だなあ

深い深い深い情念
体感覚の対岸にあるもの

今週は
外出が続く
身内の手術もある

肉体というペースメーカー

もう、事故は嫌だなあ
病気もしたくないなあ

ひさしぶりの体育館で
レシーブで膝をつき、打撲
そのあとちっともレシーブに動けなくなってるじぶんに気づいた
こんなにもてきめんに影響するんだ

中学1年の体育の、平均台の課題
張り切って何度も繰り返して、振りは完璧に覚えたけれど
(うろ覚えのひとが多くて驚いた)
最後のサイゴ、側転で降りるのだけは、どうしても、出来なかった。

この、肉体的な損傷を恐れる気持ちは
いろんなところに出てくる。
情けなくて、じぶんが嫌だった。
克服したいと思ってきた。

でも、もういいかな。
怖がりながらいくことにしよう。
怖いのは、未知だから。そして、大切だから。
先祖のだれかひとりが欠けてもこの身体は出来なかった。
震災も戦争もかいくぐって、つないできたバトン

怖くて進めないときは、進まなくていいのだ。単純に。
進むようにプログラムされていないのだ。
怖さも、ひとつの指標でしかない。
弱さではない。

弱さだとしても、それでいい。

わたしの弱さを、わたしは抱えていく。

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