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お金という共有幻想との付き合い方

ノートを見返していたら
ことしの1月にはすでに
無料でもいいのでは、とか
おおやけに向けて告知しなくていい、とか
書いてあった。

今になって、やっと、
やっぱそうだよねー。そうする!って
周りを巻き込んで、実行している次第。

お金をもらうと責任が生じて
わたしは自由に動けなくなるとも
オットに言われていた。これも1月。

お金をもらわないと
無責任というわけじゃない。
わたしが負っている責任は
お金の有無に左右されない。
お金の有無に左右されるタイプの責任は
わたしの性分に合わないのだ。
重たくて、苦しくて、かなしくなる。

無料でやっちゃいけません。というひとは
じぶんがお金ほしいのを正当化したいのかもと思う。
お金ほしいと思うのはべつに悪いことじゃない。
でもそれを、
だからみんなそうすべき。
と言われてしまうと(そういう感じがすると)苦しい。

お金をもらうべきひとと
そうじゃないひとがいるだけ。
不動の属性ではなく、変わる可能性もある。
単に、それぞれのプロセスだ。

お金は、共有幻想。
わたしはそこに加担したくないんだと思う。
そういう役割、そういう時期なんだと思う。

この世界からお金がなくなればいいと思ってるわけじゃない。
なくなる感じもしない。
使い方を変えていく。動機を整える。
無駄に増大しているお金の意味、仕事を減らしたら
もっと、かるくて、自由で、愛らしいものになるはずだ。

そっちのほうが、みんな、好きだと思う。

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