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さみしかっただけ


さっきの仮説:

不安や、困ったことは、共有を促す出来事なのかもしれない。
「一人」から抜け出して、つながりを取り戻すきっかけなのかもしれない。

これにさらに仮説をのっけてみると

そもそもが「さみしかった」のじゃないかと。思う。
「さみしさ」に気づくために、不安な事態が起きるのだ。

内観に慣れているひとや、じぶんのペースで暮らせているひとであれば、
出来事がなくても「さみしさ」に気づいたりするけれど、
なにかの世話に追われていたり、
なにかのペース(たとえば週休2日の勤務)に乗っかっていたりすると、
なかなか気づけないのではないか。

さみしさに、理由はない。原因もない。

なにかが足らなかったからではないし
なにかが間違っていたからでもない。

ただ、それはやってくる。

さみしさに気づかずに、不安や困った出来事に対して、
ひとりでなんとかしようとすると・・・
犯罪レベルの行動になってしまうことだってある。

わたしの好きだった漫画「ぽっかぽか」で、
幼稚園児のこどもに「悪い人」について問われた父親はこう答えていた。

「悪い人はいない。さみしい人がいるだけだ」

さみしさと、仲良くなろう。
これは誰より自分自身へ言っている。

そして、だれかの「さみしさ」に、寛大でいよう。
だれかの行動の奥に時として、抱えきれない、かんじきれない、
底知れないさみしさがあるのだということを、見失わずにいたい。

そのだれかが伴っているさみしさは、わたしのさみしさとつながっている。
わたしが気づいていないさみしさが、だれかの皮をかぶって現れたのだ。

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