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わたしのなかの鬼子母神

わたしが陥りやすい傾向に

受け容れ
呑み込み
ひとつになり
溶け合い
変質させたい
互いに変質したい

そんな欲求がある。
とって喰らいたい衝動とでもいおうか。

もともと持っていたのが
ようやく言葉になった感。

変容: 大きく様変わりするさま
変質: (要素)の特性を変更する

そう、性質が変わってしまうくらいの
そんな深い関わりを、求める傾向。


同時に、そこには非常に強い抑制がはたらいている。
ヒトとしての倫理観のようなもの。

わたしはこれを
飼い慣らしていくのだろうか?

いまはまだ
じぶんでは
それを求める方へ傾いたときに、気づけない。

うまいこと、正当化する。
理想のため。世界平和のため、とか。
正義をうたって、好奇心で突き進もうとする。

そのたびに、ストップがかかる。
誰かが、とばっちりをくらう。
身体を壊したりする。

もちろんそれは
相互関与なのだけれど

足止めさせるまで気づかないじぶんにがっかりする。
以前はまったく気づかず突進していたことを考えると
あとからでも気づいて、確認して、止まれるだけマシになったとはいえ。

そちらへ行けないことにもがっかりする。
行くことよりも制約を選ぶ自分
ひいては、肉体という制約に腹が立つ。


かわいさのあまり
食べてしまいたい。
呑み込んでしまいたい。

まるで鬼子母神のような
無邪気な欲求。

その津波のような欲求の
奥底にあるのは
ひたすらな、愛おしむ気持ち。

だけど。愛おしさのあまり
呑み込んでしまえば
それは、元のそれではなくなる。

そのものを愛でていたいのであれば
つかず、はなれず、そっと
見守るしかないのだ。

そして、変わり果て
朽ちていくのを
見ているしかないのだ。


呑み込んで変質させる

呑み込まずに変容を見届ける

「そのもの」が「そのもの」であることの尊厳に気づいてしまったら
変質させることを選ぶのは難しい。

変わってしまうからといって
変えていいわけではないのだ。

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