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もらえない理由

退職するときに 「お世話になった御礼に」と貰った
LUSHのバスボムを 4〜5年放置していたことを、思い出した。

ありがたくて
もったいなくて
誰かへのプレゼントに流用しようかしら
それもまた相手に失礼かしら
でもでもでも・・・
そんな葛藤を4〜5年抱えていたのだ。

新聞をとっていたときは
読みきれなくて、でも読まずに捨てるのは
新聞という物質にも、新聞制作したひとにも、
新聞購読料にも失礼な気がして
いっぱい溜め込んでいた・・・

モノを捨てられない、使えない
大事すぎてどうしていいかわからないから
いっそのこと貰いたくない。
ずいぶん長いこと
そんなふうだった。
すっかり忘れていた。

モノについては
ずいぶん軽やかにw
使ったり捨てたり他にまわしたり
できるようになった。

はじめの頃は
なんて恐れ多い!ぎゃー!罰当たりな!!って
思ったりしてたけど、いまとなっては、へっちゃら。気楽。

お金と時間と労力も
だいぶ軽やかに
使えるようになったと思う。

たとえば牛乳。
そんなに飲まないから500パックで十分なんだけど
1リットルパックしか買えなかった。
あきらかに割安なので!

でも、そのたびに
使いきれるかな・・・
シチューつくらないと・・・なんて
ストレスを抱え続けるのが馬鹿馬鹿しくなって
500のほうが割高どころかお買い得!って思うようになった。

割引クーポンを忘れても
とりに帰る手間と時間を考えたら
お金はらったほうが、ある意味、効率的!とか。

気力体力の使いどころ。温存。
ほんとうに大切なことを大切にできる状態を保つこと。
それ以上に優先すべきことはないのだと
自分に言い聞かせるようになり

そうしたら。
貰うのに慎重になりすぎて、身動きできなくなった・・・
頂戴って言ってまで貰うなんて、論外!

貰ったものの所有や対処は
気力体力をつかうのだ。

なんだってそんなに消耗するんだろうと探ってみたら
「大事すぎるから」に行き着いた。

大事だからこそ、避けたくなるのだ。
大事だからこそ、扱いに困るのだ。



冒頭の、バスボムであれば
そもそも「お世話」をしたと思っていないどころか
迷惑をかけたと自己嫌悪しているところに

じぶんが使うことはないだろうと決め込んでいた
じぶんにとっては「贅沢品」で「必要ではないもの」を
いただいてしまった。

それを、じぶんの所有とすることや
じぶんが使い、味わい、喜ぶことを
じぶんに許可できなかった。

4~5年かけて、ゆっくりゆっくり消化して
バスボムを使うことで感じられるであろう心の潤いを
世界(未来)に還元できるだけの力が、じぶんにはある。
そう思えるようになって、ようやく使えたのだった。

わたしにとって
なにかを受け取るというのは
ときに、命懸けと言っていいくらいの
たいへんなことだったようだ。

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