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おかねをかるくする

夏から、会計データ入力のバイトをしている。
これが、なんとも、おもしろいポジションで。

数字の流れだけを、見ている。

左から右へ、ただ、流れている。

所有者が変わるだけ。
あるいは、科目(位置づけ、意味合い)が変わるだけ。
数字は、数字。

簿記の勉強したときには
この感覚までは分からなかった。

いろんな会社やお店の
売上だの経費だの
数字を、入力していく。

数字の流れからみえてくる
ひとの動き、思いはさておき
左から右へ・・・

意図や思いののった「金額」を
ただの「数字」として打ち込んでいると
なんだか浄化装置な気分。

ただ、流す。

おかねをきもちよく
好きなものに
心地よいものに
すっきりと流せるひとのところに
もっとおかねが渡るといいなと思う。

ぎゅうぎゅうに苦しくて
のっぴきならなくて
願いと引き換えに
絞り出すように
仕方なしに手放すのではなくて
モノやサービスとの引換えではなくて

おかねを渡せるよろこびだとか
支払うことのできる幸せだとか

「お金として在るエネルギーを手放す」
純粋な体験として、感じられたら

どんなに風通しが良いだろう。

息を吐く。
あくびをする。
不用品を捨てる。
話す。しゃべる。歌う。

じぶんのうちから
なにかを排出するのは
単純に気持ちのいいものだ。

それが気持いいと感じるように
肉体はできている。
出す。入る。留める。出す。。。

買い物依存性というのがあるけれど
あれは、手に入れるたのしみよりも
放出が気持ちいいんじゃないかと
わたしの個人的な感想。

放出する理由が欲しいのだ。

気持ちいいから出す
気持ちよさを味わいたいから出す
だけでも、ほんとうは、いいはずなのに

たくさん所有するほうが良い
なるべく使わないのが賢い
お金を得る(増やす)のは大変だから
安心のために溜め込んでおくべき
という前提があるせいなのか

なにかを得るためだとか
役に立つとか
もっともらしい理由がないと、放出できない。



お金というものが
そもそも、そういう役割をもって
共有されている観念なのだろうか。

そんな重たい観念はどんどん洗い流して
ただの、きもちのよいエネルギーとして
巡るといいなあと思う。

思うだけで
じぶんの手元にきたお金となると
まだまだうっかり怖くなるのだが。
なにごとも、慣れだろう。きっと。


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