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引き受ける

「わたしとつながったんだから
そこはわたしが勝手に担うから
安心して、狂っちゃいなよ。」

ここで言う「狂う」は
社会性をかなぐり捨てて
生身のじぶんで居ること。

なぜわたしがそれを担保するのか?
その先に、わたしがみたいものがあるから。
なんだかわからないけれど…
これだけ、そこに執着するってことは
そういうことだろうと、予測。

舞台裏。楽屋。
スペース風来房はそういう場所。
それがあればこそ
使い、使われる世界で
じぶんを保っていられる。

わたしはあきらめないし、耐えるのだろう。
もう、それについて、疑って、叩いてていい、段階じゃない。

表明してしまえ。
よろけたり、最悪反故になったり、することを恐れていては
これ以上、増やせない。広がらない。

どこまでもつのか、わからない。
どこまで耐えうるのか…
わからないけれど
人並みはずれているようではある。すでに。

ゆるしてしまえ。
底知れぬスペースに預けてしまえ。
もし底が抜けていても、破れていても、なんとかなるさ。
それでだいじょうぶなように、なっているから

たしかめずに
放り込んでしまえ。

その結果、浮力は増すだろう。

ちいさく、ちいさく、していくことで、おおきく響く。
じぶんではないものを、そぎ落としていく。
響かせることが本懐だから。
ほかのことにかまけていられない。

という段階を経て。
こんどは、引力を増やすのか。
入り込み、沈み込むちから。集中力。

「時間」の整備の次は
真空のような空間をうみだす。

じぶんのなかの自閉的なところを背負い
抱えて走ることができるようになって、次へ。

甘んじて、他者を引き受ける。
見境はなくさない。
でも、躊躇も遠慮も要らない。
おそるおそる試す猶予は、もうない。
過信して、見切り発車でいく。

もう、じゅうぶん試した。
キリがないよ。

他者という自分の未知を、引き受けていく。
わたしの影のなかに、取り込んでいく。


(2015.1.15 mixi日記より)

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