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責任と絶対的安心感

友人Kちゃんからの質問メールに返信したら
じぶんの脳内棚卸になったので
了承をもらい、抜粋編集して、記事にしておく。

> 世界の一部であってこの世界のすべての責任をおう必要があるのかがどうしてもわからない。

責任をおう「必要」はないと思っている。
ただ、わたしは、責任を負っていたい。

それがわたしの愛し方であり
みんながそうやって愛したらいいとも思わない。
みんなそれぞれのやりかたがあるんじゃないかと思う。

> 自分にすべての責任があるとわかったとしても
> 「絶対的安心感」にどうつながるんだろう。

すべてがわたしに起因しているのなら
すべてわたし自身がどうにかできるということ。
なんとでもなる。
胸先三寸とまでは言わないが

わたしは、そのことに安心する。
わたしにすべての決定権がある。
この世には、ほんとうのほんとうの意味では、
ままならないことなんて、ひとつも無いのだ。

そう考えているおかげで
(ひどいニュースを見たりで)胸が痛むことも
ふがいなさに打ちひしがれることも、たくさんあるけれど

そういうときは衝撃や痛みを癒して(抱えて、感じて)
ふんどしのひもを締めなおして
じぶんの設定を見直す。

ひどい、と感じる、肉体をもつわたし
それも完璧、という見方をもつおおきなわたし
その出来事によって調整されたであろうおおきな流れの行方

「犠牲」になった関係者、物事への感謝をもって
これから先どうしていきたいか
わたしはどんな世界を見たいのか
意図を新たにする。

「そのときの最善」が起きたことを認める。
「もっとやさしい最善」が起きる可能性にひらく。
もっともっと、心根とブレのない言動をとれる自分でいようと思う。

つまり、わたしは、痛ましい出来事が起きるのは
わたしがほんとうに願っていることを見逃したり、ごまかしたり、遠慮したり…
わたしの表現がブレているサインだと思っている。

ちいさな波紋が、津波にもなりうる。
そういう世界だと思って生きている。


そんなふうに、シリアスに考えている一方で、実態は

そのことを知っていながら、
しょっちゅう忘れながら、
多少の失敗を許しながら、
たまに羽目はずしながら、
そんな世界をたのしんでいる。

なにか良い兆候と思われる出来事やニュースを知った時には
「よっしゃ、わたしの手柄!よくやったじぶん!
いい世界になってきてるぞ!!」って
自画自賛しまくる。

日々、毎瞬、じぶんにまっすぐにあろうとしている
その意識のちからが、報われた気がするから。

宇宙公務員の報酬。
ちゃんと物質やお金でもやってくるけれど
わたしにとっては、こういうリターンもすごく大事。


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