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感覚を認める

うわっつらの言葉にしか
聞こえなかったものが

本質の光を帯びていることに
気づけるように、なっている。

苦手が
苦手じゃなくなるのは
安心が深まるなあ。

まったくわからなかった外国語が
ほんのすこし、聞き取れるようになった
そんなかんじ。

チューニングを合わせたら
もっていかれそうで
そっちが合わせてよ!って
怒ってたんだよね。

あっちからは見えているらしいのに
こっちからは見えなかった。
それが怖かった。

そんなものが
こっちにあるなんて
ちっとも信じられなかった。
認められなかった。
おそれおおくて。

ジャングルジムに見立てられたパパな気分。
きみらは重量オーバーだよ
って、
思ってたんだけどなあ。

どうみても不自然なバランスが
成り立つこともある
このセカイの不思議

強欲なひとたちが直感的に見つけるアクセスポイント
わたしはなすすべなく、立ち尽くす
とことん脱力して、
古来の知恵に基づく
すこし内股気味な立ち方で。
それだけでいいんだって。
そんなばかな。

やれやれ。

できる人だと思っていたかったのに。
わたしが、わたしでいれば、いいんだって。
ワガママでも、無理強いでも、主張すればよくて
遠慮はいらなくて、
なぜならそれでは真価が発揮できないから。
それでは相手も無駄足になってしまう。

わたしのフィールドを
わたしが選ぶこと
それを貫くこと
巻き込むこと

申し訳ないと思ってたんだ。
敬意と尊重のあまり見誤ってた。
迷惑かけちゃいけない
世話をかけちゃいけない
下っ端が動くべき、合わせるべき
だってわたしは物理的、現世的にはあまりに自由で
わたしが譲歩するのが道理だろうって
思ってたんだなあ。

つながれないよりマシ
切られるのは痛い
だから
わたしのなかに確固としてある感覚を
無いことにして、歪めて、、、
今にして思えば、大それたことをしたもんだ。
見くびるにもほどがある。相手も。自分も。

動くのは
下っ端だからじゃない
それは上下のはなしではない

機動力もわたしの持ち味だけど
真価を求められる場面では
それを発揮してはならない。

場所、スペースに関する
わたしの感覚は絶対だ。
ゆめゆめお忘れなきよう。

ワタシは、もらうことで、発揮されるタイプ。
そのことも、重々、心しておくよう。

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