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落としどころ

わたしが問題解決や

意味づけが好きだったのは

そこにかならず希望があるから。


これで大丈夫

良くなる可能性がある

そう思えないと、落ち着かないから。


相手にもそれを共有してほしくて

かってに説明しはじめたりする。(いわゆる前者?w)


でも、もう、いちいちこねくりまわさなくても

そうでしかないって、わかってしまった。

仮に、希望を見つけられなくても、

取り返しのつかないことが起きるわけでもない。


変えるべきことはなにもない。

変えてもいいし、変えなくてもいい。

なにを選んでも、選ばなくても。

どこまでいってもプロセスでしかない。


近道がわかっていながら

あえて遠回りをしては

とおいー!って言ってても

好きでやってるだけのこと。

そんなことをする自由すら、ここにはある。


考えるのは好きだから

推理小説をたのしむ感覚で

たとえばSMAPと知人の気づきと第9の惑星の発見を

むすびつけて、ワクワクしたり、している。



私のこの望みは、私を幸せにしますか?
私のこの望みは、みんなを幸せにしますか?

答えはイエスです。
常に、イエスです。

信じられなくても、疑っていても大丈夫。
答えは永遠に「イエス」です。

そのことを、ただ覚えていなさい。

あなたの中にその「問い」が生まれたこと自体が、
もうあなたにはそれがわかる時が来たというメッセージなのです。


てりんぐらいとブログ記事
『ただ、問うということ。』より
http://ameblo.jp/tuneterurin/entry-12119902979.html

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