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動画視聴を、解禁。

2005年くらいまでは
テレビドラマを見まくっていた。

その後、徐々にテレビ離れを起こし
家にテレビを置かなくなって2年は経つ。

映画館には年に1度、行くかどうか。
PCなどで動画をみるのも避けてきた。

画面に集中しすぎて疲れるし
フィクション世界に片足つっこんだままになり
脳内世界が混乱しては、合わせなおすのがめんどうで。

本を読むのは子供の頃から好きだったが
ファンタジーものにハマらなかったのも
おそらくそのせいだろう。


しかしこのたび
自宅での動画視聴を解禁した。
ちょくちょく止めたり、戻したりするのも含めて。

そうしたら、なかなか、たのしかった。

昨日は公開当初から見たいと思っていた
「かもめ食堂」を、1日かけて、みた。

衝撃的なことはあまり起こらない
わりと淡々とした映画だと
前情報があったので、安心してみた。

ほんの些細な
このひとは何者だろう?だとか
わあ、ついにお客さんが来た!とか

淡々としたなかにある
動きに、喜怒哀楽が起こる。

感情が波だったら
映画を止めて
日常に戻る

波を感じながら
物語のなかに
こころを半分おいたまま
いつもの景色に戻る

いつもの呼吸にもどったら
また、映画をみる


そんなやりかたで
そんなペースで
たのしんでいいのなら
映画をみるのも悪くないなと思い

つまりわたしは
そんなふうにたのしむのは
邪道だと思っていたのだなと思う


わたしはひとつの物事から受け取る情報が多い。

それを逐一吟味しないで
周りに倣って、受け流し続けて生きていたのを
どんどんゆっくり、丁寧に、貪欲に
気のすむまで付き合う方法に切り替えてきた。

受け流していたつもりが
ちっとも受け流せていなかったことに
窮屈になって、気が付いて、致し方なく。


だれかにとってどうでもいいことが
わたしにとってはどうでもよくない。

道端の小石が
宝石にも思える
子どもみたいなもの。

その感覚でいると
時間を伴う情報(映画、動画、テレビ…)は
あまりに情報過多で追いつかない。
どんどんこぼれていく。

こぼれるものは
こぼれて良いモノだとして
どんどん流していく方法もあるし
ほかにもやりようはあるだろうけれど

出来ることならば
いっこずつ
たしかめていたいのだ。


世間に流れているものは
わたしには、早すぎるし、多すぎる。
そのくせ欲張りだから
好みのものは全部拾いたい。

だから、いちど、おおきく距離をとった。

そして、拾えなくても
それで問題ないし
それがベストだし
拾わずとも来るものはくる、とか
そんなことを体験して、納得して

ほんとうの意味で
どっちでもいいとわかったから

こんどは、じぶんなりのたのしみかたで、遊ぶのだ。

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