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大きい。小さい。

友達とのメッセで思い出した
わたしの世界が反転したときのこと。
(ただしくは、反転させたとき)
(あるいは、鏡の向こうをみると決めたとき)

もがいてもがいて
手当たり次第
いろんな藁をつかんで
そのどれもがいい仕事をしてくれたので
きっかけはひとつではないのだけれど

なにをしたかといえば
相手をじぶんより小さなものと
みなしていることに気がついて
「あなたはおおきく、わたしはちいさい。」
これを受け入れたのだった。

煮え湯を飲むようなしんどさだった。
染み付いた「相手をちいさくみなす」視点は
気づいたところで、すぐには抜けない。
日常のあちこちで顔を出す。
その都度、苦渋の再選択をした。

なんでそんな苦しいことをしたかって
それをするのと変わらないくらい
それまでの日常が窮状だったからだ。

相手が大きい。ということを受け入れ
そうであると信じきることを決め
疑いながら怯えながら
リアクションをしていく。

はじめは苦渋の再選択の連続だったが
慣れるに従って、抵抗も減った。
なにより、反転してしまえば
そのあとはかろやかで
そのたびにいちだんと
世界に寛いでいられるようになった。
相手が大きい、ということの安心感!

「相手をちいさくみなす」視点は
あらゆる関係性に潜んでいて
反転させやすいものもあれば
やりにくいものもある。
いまもすべての関係性について
反転できているとは思っていない。

いちど反転ができた関係性においては
ちいさくも、おおきくも、
そのたびに自在に選べる。
それはつまり世界が広がるということだ。

この話をする状況がやってきたということは
わたしにもまた反転のタイミングがきているのかもしれない。
こんどは「相手をおおきくみなす」視点でしか
見えていなかった関係性の、テコ入れだろうか。
具体的にそれがなんなのかはまだわからないけれど
世界が広がるなら、ウェルカムだ。


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