« 土星を超えるということ | トップページ | 男性的な言語回路について »

自分とそれ以外のベースにあるもの

あなたはおおきく、わたしはちいさい。

このフレーズは
あるセッションで
母親に対して言うようにと促された。

そのときはたしか
特に抵抗もなく言った。
その本当の意味は
あとから、なんども、わかることになる。

肉体をもって生きてきた以上
やはり、人間関係の
いや、人間にかぎらず
自分とそれ以外のあらゆる関係性の
ベースになるのは、母とのそれだ。

言語習得以前の
動物的な状態において
母よりおおきかった自分 というものを
誰しも持っているのかもしれない。

男の子は成長するうちの
どこかのタイミングで
母はおおきく自分はちいさいことを受け入れる。
女の子はその機会がなかなかない。

こういった認識は
いくつもの層になっているため
表層で受け入れていても
動物レベルでは受け入れていない
ということも、あるだろう。

自分以外をちいさくみなす視点は
自力で出来ることが増えるにつれ
自分のちからへの
過信、依存となり
すべてを引き受けようとし始める。
とても窮屈で重たい世界になる。

その世界にいながら
じょうずに脱力できるひともいるだろう。
バランスをとりながら
その世界で生きていけるひと。
そして、そうでないひともいる。

ただ、そういうことになっているのだ。

« 土星を超えるということ | トップページ | 男性的な言語回路について »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21960/64382927

この記事へのトラックバック一覧です: 自分とそれ以外のベースにあるもの:

« 土星を超えるということ | トップページ | 男性的な言語回路について »

カテゴリー

無料ブログはココログ

占い by いとうより