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存在責任

わたしはおそらく
あほみたいに
真剣にど真面目に
責任をとろうとしてきた。
そうあろうとしてきた。
存在すること、についての責任から
逃げることなくやってきた。

最近あちこちで
言わされていることからすると

どうやら、逃げていいらしい。
てきとーで、いいらしい。
わたし個人が頑張らずとも
それは、あるように、あり続ける。

これまではどうか知らないが
すくなくとも、これからは、それでいい。
もう、いいのだ。

役に立つじぶんでいることを
わたしは、手放していい。

見張る必要はない
見届ける必要も
見守る必要も
もう、ない。
すべてゆだねていい。
もっと、おおきななにかに
脈々と連なるそれに、預けていい。

そもそも、責任をとるなどという想い自体が
おこがましかったのだとも思う。
それすらも自由だから
ゆるされてきたけれど。
はじめから、そんなものはなかった。
わたしが手を離しても
お神輿はしかるべく進んでいく。

ひかりから目をそらしても
ひかりは消えることはない

目を、瞑っていい。

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