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書くということ

私小説ならば
書けるだろうと思う
小説家が誰しもはじめ
私小説風になるのと同じように
佑月さんの企画で書いた
ラブレターのように
けれどそれはわたしの美学に反する
身近なひとたちを
ひどくざわつかせることがわかっている
わたしは嘘が下手だし
どうせバレてしまうだろう
バレたとわからずとも
バレたと思いながらいくのだろう
そうか、でもそれはわたしが切望していることでもある
わたしの奥底にあるそれをわかちあうこと
倫理やら背徳やらそんなことではなくて
その奥にある真摯な思いこそが
わたしが分かち合いたいと願っているもの
西加奈子「しずく」の一節「灰皿」の
板崎さんのそれと同じに
わたしがあらわしたいと望んでいるもの
ばななさんの講演に含まれていたもの

kちゃんがわたしに望んだ
奥深くの秘めた思いを
わかってもらいたい、というそれは
わたしこそが望んでいることだ

その思いのかたちやありように惑わされず
その奥にある本質のひかりをまっすぐみること。みられること。

だれかの秘めた思い
どこにも出せないそれを
分けてもらえたら。との思いで
はじめた企画、ロータス通信。
だれにも利用されることなく
1年足らずでしまいこんでしまった。

「ひとのセックスをわらうな」
読んでも、観ても、いないけど
笑うなと言われずとも
わたしは笑わないだろう。

小説家や漫画家のもとには
わかってもらえる気がして、といって
重たい、秘めたあれこれを書き綴った手紙が届くときいた。
わたしはそんな存在になりたいのだった。

言葉にすることで
解き放たれる。
それはある種の供養である。
感情、感覚は
解き放たれるべく
生じている。
その、死と再生に立ち会うこと。

言葉というのは
じつに厄介だ。
絵や造形ならば
直接、現実とは結びつかない。
言葉は、どんなにフィクションであっても
現実を勘ぐらせる。紐付いてしまう。
だからこそ斬り込めるものでもある。
剣よりつよい諸刃のペン。

Aさんには最初から
見抜かれていた。
わたしが、そういうかたちで、
分かち合いたいと願っていること。
そこから生じるであろう波紋をおそれ
封印し、ないことにしてきた願い。

オットが封じ込めている、否
閉じこもって出てこない
通称ちびJの願いも
きっとこれと連動している。

だれかが
墓場までもっていこうと
しまい込んでいる
感情、感覚、欲望は
空気に触れたとき
ひかりだす
無限にエネルギーを生む
生み続けてきた
生み続ける
本来の姿に、もどる
そのように意識されたとき
はじめて、それはひかる
認識されない輝きは
存在しないのと同じ
無価値感や孤独感として
しずかに、影となる

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