« 受け入れ、受けとめ、受け流す | トップページ | 社会性と純粋性 »

じぶんを癒すということ。

集合意識レベルで
癒しの機会がきている模様。
天体情報もこのとおり。
http://ameblo.jp/sudhasununimondy/entry-12213125305.html

ずーるーいーーー!って言ってる
じぶんのなかのひとの慰め方は
あの漫画がすごくわかりやすい。
https://note.mu/akkoinkolove/n/nb21c47500fde

こればっかりは
どんなセッションをうけたとしても
最後の最後は、じぶんでやるしかないところ。

そうやってじぶんを抑圧してる理由には
親や誰かにそう言われたから
そのひとを正しいと思いたかったから
というのもあるし

ずるい!って思われたくない
ずるい!って言われるのが嫌
ということもある。


なんにしても
このままずーっとトンネルのなかということはない。
やりたいことだけやって
やりたくないことはやらなくていいし
考えたくないことは考えなくていいし
やらなくちゃならないことは、無い。
やらないと抜けられない
ここでがんばらないと取り返しがつかない
なんてことも、無い。

このことがわかっているから
しんどくはあるけど
粛々とやることやるだけなのだ。
抵抗するとしんどさが増すばかり。
観念して、じぶんという個性の輪郭をあらわにする。


じぶんでじぶんのインチャ
抑圧してきた感情、衝動に気づいて
許し、癒せるようになるということは
親との関係性が変わるということ。

これが嫌で、なかなか取り組めないという側面がある。
ほんとうの意味での独立。
へその緒をじぶんの手で切る。

じぶんでじぶんの面倒をみられるようになる
(全部が全部ではなく、つまり、責任をもつということ)
それが出来てはじめてほんとうの意味で
オトナの、対等な、パートナーシップが築ける

じぶんの面倒はじぶんでみる。
相手の面倒は相手がみる。
まずは各自が己に寄り添う。
ここをしっかり踏まえておかなくては
擬似親子関係でぐるぐる入れ替わるだけになる

=====

本質のド真ん中を突く純粋性(自己一致)は、与える愛そのもの。

人間が深く癒される瞬間(とき)というのは、
「偽ざる自己が露呈したとき」なのです。

めいちゃんのような純度の高い愛をあふれんばかりに抱いて
この世へ生まれてきたのが私たちであることを、
忘れているに過ぎなくて、それが生きづらさの正体。

他者と自分は対等であるということと、私たちは本来「光」そのものである。
ということを思い出したとき、絶大な喜びのエネルギーが満ち溢れます。
そうして母と父を許すことが叶うのです。

SE-YAちゃん記事より
http://ameblo.jp/mimi125-5338/entry-12212724161.html

=====

« 受け入れ、受けとめ、受け流す | トップページ | 社会性と純粋性 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21960/64401056

この記事へのトラックバック一覧です: じぶんを癒すということ。:

« 受け入れ、受けとめ、受け流す | トップページ | 社会性と純粋性 »

カテゴリー

無料ブログはココログ

占い by いとうより