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通貨とあぶく銭について考えてみる

お金とは通貨である。
所有を前提とすると苦しい。
なのになぜ多くの人が所有にこだわるかといえば、
お金と苦労が結びついていることが大きい。

いわゆるあぶく銭はすぐ消える。
(実際には移動しただけであるけれども)

あぶく銭というのはつまり
苦労したつもりがないのに増えた
”じぶん名義の通貨”のこと だろうか。
世の中にあぶく銭が増えると
お金にまつわる不安や心配が減るんじゃなかろうか。

あぶく銭を増やすには
お金と苦労の紐付けを断ち切れば良い。
個々人で出来ることである。

嫌なことはやらない
あるいは本気で取り組めばいいのだ。
嫌々やるから苦労と感じるのであって、
嫌だけどやるからにはたのしみを見出す!という意気が大事。
屁っ放り腰の受け身じゃなくて、前傾。取りに行く。

そうして取り組んだものは
なにがしかの達成感や満足感があるので
そのあとじぶん名義の通貨が増えるかどうかは
さほど重要ではない。
増やすつもりで取り組んだのだから
増えないのは困るが、
増えたそれに対する執着は薄い。

じぶん名義の通貨を増やすという目的でもなければ、
取り組んでみようとは思わなかっただろう体験も、
そのおかげでいろいろ出来るので、
なにかをしたら対価が得られるというシステム自体は悪くないと思う。

しかしそのシステムを通すことが
”じぶん名義の通貨”を増やす”正しい”方法であり、
それ以外は邪道となるとまた苦しい。

”あぶく”なのだから
どこからともなく湧いてきても飛んできても良い。
通貨がめぐりめぐっているだけのことである。

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