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2017年1月の記事

うつしかがみ/遺伝

わたしが、母のようにぐちぐち言っているじぶんに気づいて
父のようになってもいい。と自分に許可してから数年経過して
こんどは、母のようになってもいい。を許可することになった。

うへーーーっという感覚はあれども
無意識に母みたいになっているのと
自覚的に母みたいなことをしているのでは
ぜんぜんちがうので、きっと大丈夫だろう。

そしてこれはオットにとっては
オットの父のようになってもいい。を許可する
タイミングとなっているようである。

無意識パターンを抜けて
反対がわに行ってみて
まんなかに戻ってくる。

わたしたちのなかには
父も母も両方いる。
両方つかえる。

そして意識的であるということは
それらをよりよく使えるということ。

親本人がヨシとしていなかった本人の性質、癖
それゆえに体験した良いこと、つらいこと

それらを踏まえて
あらたな要素を加えて
いまの時代に乗っかって
もっと、たのしめるということ。

「甘える」の再定義/行動を変えるためのスケール

おとといふとわかった。
わたしにとって
「相手に甘える」
とは
「相手を甘やかさない」
ということだ。

さんざんあちこちで
もっと甘えろだとか、
厳しくしろ蹴り飛ばせ壊せだとか、
言われたし言ってきたけど

やってるけどな?と
どっかで思ってて、
やりきれてないのも気づいてて、

でも「甘える」じゃなく
「甘やかさない」となったら
日常の具体例がしっかりみえてきた。

こんなふうに
よく言われるし聞くしたしかにねと思う、けど
どっか腑に落ちないような、
やってもやっても足りないと言われることって、
本人が、本人の言葉で得るまで
ずーっとついてまわる。
その言葉の意味する全体像を把握できるまで。

今回の例でいえば、
「甘える」という言葉が意味する在りようの
ほんとのとこは、
「甘やかさない」という言葉になる。わたしの感覚では。
「厳しくする」「頼る」「信じる」「弱みを見せる」なんかで
どれほど言い換えても、
どこか足りなかった。
言い表し切れてなかった。

行動(選択)パターンを意識的に変えようとするとき、
じぶんにぴったりなスケール(言葉)を持っているかどうかで、
精度がぜんぜん変わってくる。

ぴったりなスケールを見つけるとはつまり
じぶんの現状を的確に把握するってことだろう。
誰かに言われた言葉じゃなく、
じぶんから出てきた言葉で。
いつか誰かに言われたのだとしても、
そのおなじ言葉が腹の底から出てくるまで染み込んで、ようやく使える。

現状を抜けて
見えているあの流れにのるには
いつも舵を右にきるここで
右じゃなく左なんだよね。
ってことは分かっていて
流れにのった先のイメージもあって
でも、どのくらい左なのかが
イマイチわからなかったのだ。
わかんないなりに
適当に左を選んだりもして
そうすると微妙に乗り切れてない感があった。

いつもならこうする
けれども、はて・・・
もっと甘えるのだとしたら?
ではなく
甘やかさないのだとしたら? 
と再考すると、最適解がすぐ出る。
もっと甘える、とか
厳しく、とか
破天荒に、では
いまいち的外れだった。

ひとたびスケールが見つかれば
ぐいぐい進んでいける。
乗り出していける。
鬼に金棒といったところだ。

(1/27tweetまとめ)

他人は変えられないけれど

他人のことは変えられないから
自分が変わろう。というのは
おおむね有用なのだけれど
なんにでも使えるわけではない。

相手が身近な存在であればあるほど
時には、変わってくれ。と
訴え続ける必要もある。

じぶんを変えて変えて変えたからこそわかる
じぶんのなかの変わらない嗜好

根拠のない、正しさでもない、
どうしても望んでやまないもの

あきらめても蓋しても
無いことにならないもの

それは、あきらめずに、求めたほうが健全だ

相手にメリットがないように思えて
伝えることに弱気で億劫で
すぐには応じてもらえず
なんども伝えるのもかなしくて

それでも、無いことにしていたら
じぶんが傷んでいくばかり

それはひいては
身近なひとをも、しおらせていく

どうせ傷むのなら
共に傷む
その傷はいつか絆になる

満ちた状態であれば
身近なひとへも良い影響となる

相手の習慣や常識や正しさに
体当たりして
バージョンアップを促すのは
誰にでもできることではない

共に生きる以上
じぶんのうちに確固として在る
嗜好、望みは
相手の未来を拓くためのものでもある

じぶんのうちにあるそれを
じぶんがまず信じること
大切に扱うこと

それがじぶんにとって
どんなに大切なことなのか
じぶん以上に知る人はいない

根気よく打ち出していく
じぶんをなにひとつあきらめない

この体当たりは
その先まで共に歩めるかどうかの
試金石でもあるかもしれない

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