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義理茶番と礼儀

3/28tweetまとめ

我々の直面する重要な問題は、
それを作った時と同じ考えのレベルで解決することはできない。
The problems that exist in the world today cannot be solved by the level of thinking that created them.
-アルバート・アインシュタイン-

現象に現象で対処してもモグラ叩きでしかない。
べつのレベルで見たら終わる。

スーパーでいちゃもんつける
顔見知りのおばちゃんにどう対処するか考えるより
その現象の意味や目的をみる。
昨日はわたしがぶーたれた気持ちでいたから
代わりにおばちゃんがやってただけ。

対処すべきはわたしの内側にある不具合。
自分を整える。ポノってもマントラでも、
気がすむまでぶーぶー言うでもいい。
言ったところで現象がどうなるわけでもないが
滞留したエナジーが動いて
すっきりした心持ちになれば
気にならないから無いもおなじ。


返答が歴然としているから
誘わない、声をかけない。
やられたらさみしいけれど
わたしもだれかにやっていること。

わたしのなかに余力優先で茶番をしない罪悪感が
くすぶってたから現象がきただけ。

お義理の茶番はいらない。
自分の感情ケアを相手に期待しない。
そして茶番とわかっても連絡をとりたいと
思われるような自分になればいい。

海外ライブに日本人客しかいないのを
嘆くアーティストがかっこわるいように
じぶんの力不足をだれかのせいにしない。

茶番をしないさせない期待しない。余力優先でいい。
でもそれを理由に礼儀を欠いては本末転倒。

気になるならかっこつけずめんどくさがらず
声をかけてみたらいい。
気になる時点で余力が削がれてるんだからおなじこと。
どんな展開になるか憂うより気がかりを減らす。

礼儀を重んじるのは悪いことじゃない。
めんどくさいバカバカしい表面的なやりとりに思えたとしても。
長いあいだ大事にされてきたことには理由がある。
緩衝材になる。思いやりである。

社交辞令的なことは極力避けてきた。
こどもっぽい抵抗、反発。
避けてきたのはそれを表現するのに照れてただけ。
なんだか照れくさく決まりがわるかったのだ。慣れが必要。

簡単にいうと
もっとひとにやさしくしてもいいんじゃないってことだ。
それはじぶんのため。
じぶんの良心を傷めないため。
義理だの茶番だの余力優先だのかっこつけるのもいいけど、
がんばらなくてもいい。もっとぬるくてもだいじょうぶ。

こどものとき
大人たちの表面的で儀礼的なやりとりが
さみしかったんだろうと思う。
でもその奥にはそれこそ大人の配慮ってものがあったのだ。
その場は寒々しくても長期的にひびいてくるもの。
ゆるやかなつながりを保つこと。

そして表面的で儀礼的なやりとりに見えたとしても
そこに思いがあるかどうかは
みんなちゃんとキャッチしているのだ。
胸の奥でひっそり味わっているのだ。


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