« 2017年10月 | トップページ | 2018年1月 »

2017年12月の記事

その先へ。(心の学校その3)

心の学校の期間中で
個人的に印象深かったことを
順不同で列挙しておく

・目による愉氣と、手当。その響きかた。反応
・天心(に近い)愉氣と、粗い愉氣の、体感の違い
・気持ち(想念)の質感を、体感で察知
・なりきることのたのしさ
・広がることの得意さ
・日常/非日常(静謐)モード切替えの速さ
・集中した意識の威力
・できないと決め込んでいた瞑想ができた
・名刺で割り箸を切ることができた
(スプーン曲げ同様きっとできないと思っていた)
・中学校以来の無遅刻無欠席を達成
(最終日は微妙だったが・・・)
・街灯のあかりが細やかに見えた
・意識的においている観念があった
・心への意識の介入(お節介)
・虫セッション後、酒いらず
・オットの体調不良(浄化活性)
・自己監視を止め、体験に徹した瞬間
・「わたし=世界」を体得している実感

グループのなかで
ペアワークを繰り返したり
マンツーマンでチェックを受けることで
みえてきた「自分」の側面の数々
再認識できたこと
クリアになったこと

そしていま感じるのは
「わたしが目指してきたものは、間違っていなかった」
そして「わたしなりの方法で、そこに到達していた」 ということ

他者のなかで
他者に観てもらい
他者の知識経験と照らし合わせ

やっと、心からそう言える。
胸を張って言える。

自分がやってきたこと
登ってきた山
ここをベースに、次へ行ける。

もし転げおちることがあっても
この講座で効率的な方法を教わったから
だいじょうぶなのだ。

自力でやみくもに
寄り道や遠回りしながら
各種ツールをつかいながら
時にワープしながら
登ってきたから
いちど離れたら
もう登れなかったかもしれない。
登る気力もなかったかもしれない。

これだけの年月と労力をかけた山は
そう簡単に離れたくないし
崩したくもなかった。

答え合わせができてよかった。

自分の感覚のみで
目指してきたところが
あっていた。
到達できていた。
これは最上の自己信頼感につながる。

答え合わせができることの
いちばんの条件は
その答えが、答えだと、信じられること。

「それを答えだとする」ことを
じぶんに許可すること。

もちろんこれからも
検証し続ける。
わたしの疑い深さは終わらない。

けれども
ひとまず
自分のやってきたことを
まるっと認めてやろう。
頂上で万歳!


=====

特定非営利活動法人 氣道協会
http://npo-kido.com/

代表ブログ関連記事
http://kido-j2.jugem.jp/?eid=375
http://kido-j2.jugem.jp/?eid=377

スタッフブログ関連記事
http://kido-staff.jugem.jp/?eid=2606

山羊座の仕上げ(心の学校その2)

山羊座には、すでに冥王星がいて
社会の構造改革が着々と進んでいる。
2023年春までの長期滞在。

そこへ、人間社会のドンのような土星が入った。
2020年の春まで、現実生活のテコ入れである。

そのあとの水瓶座も
もともとは土星が支配星だったから
この2017年末から2023年あたりは
今後の社会の土台をかためるための
破壊と創造が活性化すると思われる。

前提の見直し
前提の前提の、そのさらに前提まで
徹底的に洗い直すような。


その流れは、心の学校にとって追い風である。
そして、そこで得るものこそが
この先を泳ぐに必要なのだと思う。

身ひとつで安らいでいられること。
ひとかけらの嘘もないこと。
魂と合致していること。
じぶん=すべて が腑に落ちていること。


わたしのネイタルホロスコープは
3室が山羊座で、水星と金星がいる。IC近く。
つまりわたしの根底となる土台の部分。

水星期:8~15歳
金星期:16~25歳
であるから
わたしの学生時代から結婚までは
まるっと山羊座色だったといえる。

さらに、母親の太陽星座は、山羊座であり
結婚するまでほぼ親元にいたのは
わたしの山羊座の質と関連しているかもしれない。
もしかするといまだに
実家の近くで暮らしていて
そこから引っ越せないことすらも。

二人姉妹の長女であるわたしと
兄と妹に挟まれた長女である母
そうした関係性をもって
「わたし」は構成されてきた。

(ちなみに太陽は水瓶座で
25で結婚して
親元を離れてから
水瓶座の質を育てることになった。)


心の学校の期間中に
浮上してきた
手強い観念や記憶はどれも
わたしの山羊座の質に
つらなるものだったと言える。

母との関係性
自分への監視の目
すべてを記録し残そうとする意識
自他の未熟さを嫌う傾向
現実性への執着
自己コントロール
負けず嫌い
権威への反発


講座の期間中、わたしはよく質問をした。
細かいことであろうが
確認であろうが
気になることはぜんぶ
片付けようと決めていた。

他者への遠慮よりも、
煩わせることへの配慮よりも、
じぶんの理解のなさや
場違い感を恥じるよりも、
知識欲を優先した。
それが許容される空気もあった。

最終日前夜にふと
こんなに心置きなく
どんなことも
ごまかすことなく
わかるまで質問しているのは
小学校低学年以来ではないかと思い至った。

そして、それに対して
あんなにも丁寧に
誠実に、言葉をさがしながら
きちんとわかるように、わかるまで、
回答してもらえたのは
人生で初めてなのではないか。
やればわかる、などということも
まず言われなかったように思う。

この体験は、わたしの山羊座な学生時代の
トラウマ(なのだろうおそらく)を溶かしてくれた。

これもひとつの全肯定体験。

参加前に書いた記事「全肯定体験」


氣道協会という場に
わたしはいつも
「ゆるし」と「やすらぎ」を感じる。
この場があるならば
外界でぼろぼろになっても
きっとどうにかなる、と思える。

6室牡羊座 DSCちかくのキロンが象徴するように
わたしは社会生活が苦痛だった。
覚えも飲み込みも早く
うまく順応して振る舞えるのだが
じぶんの中身はいつも死にそうだった。
そしてそのことには、なかなか気づけなかった。

学生時代、社会人時代を通じて
痛み、抑圧、努力、などに
疲れ果て
不妊をきっかけに
自然療法を調べはじめたのが2005年頃
心理学やセラピーを渡り歩くようになったのは
2007年頃だろうか。
ボイスヒーラーの故・渡邊満喜子さんに出会い
奥谷さんの本で氣道協会を知り
横浜市内であることに喜び
しかし会員制に怯み
メルマガだけ読んで
何年か経ったとき
「声の学校」という企画案内があり
紹介文のなかに満喜子さんの名前を見つけ
観念して、入会したのが2011年末

じぶんのペースで
足繁く通うこともあれば
まったく遠のくことも
会報をひらくことすらしない時期もありながら
こうして心の学校に参加するに至ったのだから
感慨深いを通り越して、我ながら呆れる。

亀よりのろいマイペース
でも、ここまで来られた。


=====

特定非営利活動法人 氣道協会
http://npo-kido.com/

代表ブログ関連記事
http://kido-j2.jugem.jp/?eid=375
http://kido-j2.jugem.jp/?eid=377

スタッフブログ関連記事
http://kido-staff.jugem.jp/?eid=2606

きっかけ。(心の学校その1)

7日間にわたる
氣道協会「心の学校」を
終えて、2日。大晦日。

開始前に書いた記事
全エネルギーを自分自身へ

これはかなったか?

かなった、と言える。

講座の期間中
常時そうだったわけではなく
すぐそうなれたわけでもない。

疑い深く、怖がりなのだ。
この講座への参加を決めるまでに
2〜3年かかっているのもそのためで

氣道協会という組織や、ひと、場所に慣れ
氣道式の整体や考え方に馴染み
伊勢佐木町や日ノ出町界隈に慣れ
7日連続に耐えうるであろう気力体力を整え・・・


2〜3年前から
いやもしかしたら
入会した約6年前から
気になっていた、けれども
積極的に参加したいとは思っていなかった。

チェックを受けることに抵抗があったし
宿題も大変そうだと思った。
金額と日数のボリュームもひっかかっていた。

きっとこのまま参加することはないだろう
そう思っていたのだが

ふと、これに参加することが
今後を生きるための鍵だと、わかってしまったのだ。

直接的なきっかけとしては
「引っ越しの話が進まないこと。」

もう何年も前から
ひろい家でにぎやかに暮らすイメージがあり
話すひとみんなに、
それがいい、絶対その感じだと言われるのに
どこに? どんな家に?
具体的に進んでいかない。

そうこうするうちに
いまの家の決め手である「眺望」が
裏のマンション建設で
着々と損なわれはじめ
それでもなお、進まない。動かない。

いまできることから、と
試してみた友人同居も白紙になり
おかげで長年の、そして最後の懸念だった
納戸にしていた部屋の片付けも済み
この家を快適にすることには
もう全力を尽くしたと言える。

11月のアクセスバーズ®3回目の受講で
all9のサンプルとして
引っ越しを扱ってもらい
徹底的なエナジークリアリングもした。
ベカメクスクリアリングもした。

それでも動かない。

お手上げだ。

これはもう自力でなんとかできるレベルのことではない。
これを動かす鍵は
じぶんでは見えない、届かないところにある。

そう考えるしかなくなってしまったところに
「心の学校」が、ぴたりとはまった。

事務所仕事の繁忙期だということを除けば
問題はなにもなかった。

金額は、アクセス関連のクラスと大差なく
しかも日数はたっぷり7日間。

宿題や、チェックへの抵抗は
お手上げ気分との天秤で薄れた。

親しい、勘の良い友人数名に
参加しようと思う。と伝えたら
GOサインしか返ってこない。

事務所の仕事は、母に手伝ってもらう根回しをした。
(それは全員にとって良い時間になる確信があった)


いざ申し込み
宿題を受け取り
内容をみたら
「掃除や片付け」
「気がかりを処理する」
などとあって、笑った。

この何年かかけて、もう、やってある。
日常のささいな気がかりは
なるべく早く処理することも
いつだったか自分で気づき、決めて、
とっくに習慣になっている。
知らずして、準備をしていたかのようだった。

おそらくわたしの潜在意識は
このタイミング、2017年末に
照準をあわせていたのだろう。

山羊座が土星入りする、2017年12月。

翌年GWではなく
前年でもなく
このタイミングでしかなかった。

講座と重なる可能性のあった生理も
前倒しで始まり、開始前に終わり

ご丁寧に風邪までひいて
足湯やらなんやらせざるを得なくなり
どこまでも準備万端であった。


=====

特定非営利活動法人 氣道協会
http://npo-kido.com/

代表ブログ関連記事
http://kido-j2.jugem.jp/?eid=375
http://kido-j2.jugem.jp/?eid=377

スタッフブログ関連記事
http://kido-staff.jugem.jp/?eid=2606

排除から前進へ

先日、アメブロのプレミアム会員を解約した。
ここ2年ほど、広告表示を消したくて
月額使用料を支払っていたのだ。

雑多に表示される広告を排除することで
場の安全を得ていた。
わたしにとっての安全。平穏。静けさ。

それがふと、もういらないように思ったのだ。
支出削減ということではなく
排除に向けている意識が
なんだか場違いというか
時代遅れというか
とにかく、いまのじぶんにそぐわなかった。


じぶんの声を
聞き逃さない

ここ数年はひたすら
それを重視してきたように思う

喧騒から離れ
マウンティングから離れ
強く激しいものから離れ
肯定だけを求め

それくらいしないと
聞きそびれるほどに
じぶんの声は小さかった
傷つき、くたびれていたのかもしれない


癒しは最終段階へきたのだ
ひたすら休ませる時期を経て
社会のなかで最終調整していく

産褥期のおわり
カーテンを開け
ふたたび世界に出会う
あたらしい目を抱いて

全肯定という前提について

全肯定を求める
欠乏感、あるいは飢餓感は

他者からの全肯定を
「受け入れる」ことが
まず最初に必要で

他者からの全肯定を
どれだけ浴びても
欠乏感はなくならず
虚しさがあることを自覚してはじめて

もっとも求めている
自分からの全肯定へと踏み出す。


この流れのなかで
最初の難関は
他者からの全肯定を
「受け入れる」ところだろう

受け入れるには
それがあることに
気づかなければならない

しかし欠乏と飢餓がひどければ
じぶんに肯定的目線が向けられていても
気づかなかったり
軽んじたりする


そもそも論として
全肯定されていないヒトなど
じつは、どこにもいない。
いつ何時も、誰しも、肯定されている。

全肯定されていないと感じることや
全肯定を求めることを
ゆるされている、ということ。


肯定されている/いないの
二元の世界ではなく
肯定ありきの世界に移行すると

他者に肯定を求めることなく
すでにあるものとして進むことができる

他者からの肯定を待たずに
おのれの一存で進むことは
失敗 の可能性を大いに孕む

失敗。空振り。恥。決まりの悪さ。痛み。

それさえもすべて
滋養としていく


イエスマンに囲まれたぬるま湯
成功の想定される世界は
よくみれば、二元に基づいている

いいとこどりをして
ほかを排除しているうちは
みえないもの
感じられないもの
味わえないものが
あるのだろう

排除につかっているエネルギー(意識)を
前進エネルギーにまわしたら
いったい、どんな景色がみえるだろう


瓢箪から駒

アトリエの「彫刻家」のように とにかく、わからないまま、形にして出す。

完璧を求めずに、出していくことから始める新月。

そして、出していくことで、その反応で
自分がわかる新月。

出しながら、世界のリアクションを感じながら
自分に許可を出していこう。


明日18日、射手座の新月☆・・・深く潜っていると「答え」が出ないような、不思議な新月(笑)
https://ameblo.jp/rose7777happy/entry-12337153755.html


さきほど目にした星読みを抜粋。
まさに、こういう展開な今。

ひさびさにココログに書き連ね
シェアしたことや
オットとの会話から

何年も懸念だった事案
「余計なことを言う/言わない」について
ようやく、その前提と、発展的な方向が見出せた。
前々記事前記事参照)

全肯定についてはさらに
ちがう側面が見えてきた。
このあと書いてみる。

耐性じゃなく積極性を

彼女に相対すると
全肯定できず
つい否定してしまう
横やりを入れてしまう

修行が足らない!と
思っていたが
ふいに要因がみえた

彼女のスタンスが
全肯定だけを欲しているから

しかもこっちについて
問いかけがない
ひたすら自分語りで
あとは沈黙

興味がないのか
はたまた
そう見せるスキルなのか
無意識なのかは定かでない

ここでわたしが身につけるべきは
余計なことを言わない耐性じゃなく

相手からの振りなしでも
相手が興味なさそうであろうと
自分の話したいことを話しだすことだ

余計なことを言わないためにも。

きかれないと話さない
待ち姿勢な
自分のコミュニケーションパターンを
崩すこと

待ち姿勢ってことは
ある種のくれくれちゃんで
つまり全肯定を求める彼女と同じ穴の狢
じつによくできた鏡だったのだ

空気を読みすぎて
相手の反応を気にしすぎて
何も言えず悶々と
愚痴と自己否定を溜め込む
あのひともまた、鏡だったのだ

待ち姿勢の解除。
遠慮しない。
出番を待たない。

これまで
わたしが話せるように
促してくれる人や
聴く姿勢のある人ばかりと
親しくしてきた
ぬるま湯

これからは
こじあける
出て行く
かってにそういう場にする

場の注目を力づくで持っていく
あのひとの図々しさを
苦手に思っていた

あれを、自分がやるのか・・・

やるかどうかはさておき

すくなくとも
じぶんに許可は出す。
どちらも使えるように。

全肯定体験

なんだか生きづらそうな
友人知人を見るにつけ
全肯定される体験が
足りないのだなと思う

本来ならば
両親や祖父母から
貰えたらよいのだが

あいにく
全肯定に飢えた世代が
育児したものだから
不足の連鎖である

わたしはオット相手に
鍛錬したおかげで
異性に対してや
すこし距離のある同性には
全肯定しやすいが
近い同性は、いまだに難しい

ヒトは誰かやなにかに全肯定されて
はじめて、自分を守ることをやめて
よりよくなろうとし始めるのだ

他者からの全肯定を経て
自分への全肯定を踏まえた
生産的自己否定ができるようになる

ぬかよろこび歓迎

なにか行動したことによって

悲観的な予測に反する
嬉しい展開がやってきたとき

きちんとしっかり喜ぶのが大事。

まだ道半ばだから
これで決まったわけじゃないから
そんな予防線はそれはそれとして

動いたこと
結果がでたこと
予想を覆したことを
きちんと褒めて、認めること。

たとえその先のプロセスで
思い通りの結果でなくなって
あとで、ぬかよろこびになるとしても

これはこれとしてよろこぶ。

その時には、ただのよろこびでしかないのだから。

★開かないドア

開かない!
ぶち破ろう!!

2003121408

(アニメーションです。クリックで別窓でひらきます)
youtube版はこちら


手強いな!
なにくそ!!
これでどうだ?
これは?
これならば?
漫画でみたあれは?
過去生で出来たあれならば?
最新のこいつでどうだ?!
つぎはこれだ!!!


・・・・・・・・・開かない。


「引いてみたら?」

・・・・・・・・・・・開いた。


GIF画像はここから借りてきました。



女性性の声は
とても小さい

動きをやめて
思考も鎮めて
しずかに
しずかに
じぶんの内側に
耳を澄ませて
ようやく聞こえるくらい小さい

動き続ける男性性には
その声は届かない

どれだけ待たせても
どれだけほったらかしても
どれだけ置いてきぼりにしても

それでも
見捨てずに
必ず、居るから

どうか耳を澄ませてみて。

じぶんのうちにいる女神は
思考の外の叡智につながっている

思考による想定の外にしか、ミラクルはないんだよ

思考を否定されることや
想定を覆されることより
大事なこと

行きたい場所
いっしょにみたい景色
このからだで味わいたいもの

鍵は、じぶんのなかにあるんだよ

★意欲もワクワクもなしに

意欲が見当たらない から
なにをすべきかわからない

といって

意欲のせいにして
迷走してることにして

意欲のでてこない自分が
なにかオカシイのだと
ポンコツなのだと
手あたり次第あれやこれや

巷でいう意欲が
見つからない

という
免罪符をつかって

なにをやらないで済んでいる?

意欲などなくてもいいのだと
いまのじぶんで
与えられたもの
目の前のものを
いまのじぶんなりに
意欲のないなりに
精一杯こなせばいいのだと
それこそが「ほんとうのじぶん」なのだと

認めるまでそのゲームは続く

問題をでっちあげ
穴を埋めるゲーム

永遠に満たされないゲーム

そんなことはもうやめて
いますぐ
本番を生き始めればいい
不完全だけどかんぺきなじぶんで
持ちつ持たれつ

そのぼろぼろのからだに
しみわたるものを
ひたすらに感受したらいい

完成してからが始まりなんじゃなくて
完成させながら進んでいくんだ

ひとつ完成させても終わらない
また新しいじぶん新しい局面がやってくる

ルートがわからなくても
ゴールがみえなくても
寄り道かもしれなくても

目の前のみちをひたすらに。

それだけがじぶんを未来へ連れて行く

全エネルギーを自分自身へ(心の学校その0)

全エネルギーを自分自身へと転じなさい。 観察は、変容のための最大の力のひとつだ。 自分自身を観察するようになりなさい。 他人を観察することでエネルギーを無駄にしてはならない。

https://www.facebook.com/rikuro.miyai/posts/1547385655378361


FBで流れてきたOSHOの講和
めずらしく目に留まった

わたしがこの年末の
気道協会「心の学校」に参加する理由
そのものだと思った

100%の注意を、関心を、愉氣を、
自分自身に与える瞬間のため

いつも他人や、場や、なにかを監視しているじぶんを
その任務から完全に解き放つため

監視をやめられるだけの
安心を得られる時間と空間が
そこにあると思ったから
そこにならあると思えたから

わたしが切望と同時に恐れ回避してきたこと

じぶんとの100%の一体化

為しえるのかどうかは分からない
大概こういう、参加のきっかけ自体は
前菜でしかないことが多い
為しえるかどうかはそんなに重要じゃないことを知っている
などという予防線を張りながら
奥底ですでに歓喜の涙にくれているひとがいるのもまた知っている

« 2017年10月 | トップページ | 2018年1月 »

カテゴリー

無料ブログはココログ

占い by いとうより