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他人を信じるとは

他人を頼ることができず
なんでも自分でやってしまう

他人を傷つけないよう
荒立てないよう
自分さておき
場をなごやかにする

どちらも他人を信じられていない

それはひいては
「身体の叡智」を
信じられていないということ


みずからの肉体の
他人の肉体の
それぞれにある
それぞれのための叡智に
誰しもがアクセス可能で

その叡智こそが
すべてを担っている

傷ついても
傷つけても
振り回されても
振り回しても
その対処法も癒し方も
その理由や目的も
身体がぜんぶ知っている

そのことをじぶんが身をもって知っていたら
他人も肉体をもっている以上は
それが可能なのだと
そこに委ねていいのだと
信じることもできるように思う


幼少期から
他人と違う感性で
社会に違和感をもって
生きてきていると
他人を信じることは難しい

じぶんと同じように
対処が出来るとは思えず
じぶんが、かぶってしまう
引き受けてしまう

他人に振り回されることも
他人を振り回すことも
躊躇する
億劫になる

ひどく傷ついて
ひどくくたびれていて
肉体への不信感がぬぐえない

なにか慢性的な持病があれば猶更だろう

肉体とじぶんが別の生き物のような
肉体はまるで他人のような
そうした感覚かもしれない


思考が現実をつくる
現実が観念をつくる

このサイクルは
変えられる?
どうやって?

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