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2019年3月の記事

トルコその後2(眠りと夢、知ること)

帰国して1週間がたつけれど
ちょくちょくトルコにいる夢を見る。

気球みたいな遊園地の乗り物みたいなものに乗ったり
街をどう移動するか考えていたり
ちゃんとトルコリラで価格が出たりして

あくまでもツーリストのスタンス。
まるで旅が続いてるかのよう。
まだ中身は帰国してないのかもしれない。

帰国後の睡眠時間は
長かったり
やたら短かったり
寝付けなかったり
まったく目覚めなかったり…
聞けば同行の両親もそういう感じらしい。

時差ボケというよりは
受け取った膨大な情報を
バックグラウンドで処理する都合のような?


もともと国外経験はあまり多くない。
タイ、イギリス、大連、バリ
ドイツ・オーストリア・チェコ
NZ、香港マカオ、サイパン、台湾、ハワイ…
(振り返ってみると島が多いな!)

未踏の地だった
アジア大陸の西端、ヨーロッパ大陸の東部。
そのエリアを訪ねたことで、
わたしの地球地図が豊かになった。

のこす大物はアメリカ大陸か。
移民国家カナダにいってみたい。
ワーホリビザをとっていたけれど、
行かず仕舞いになっている。

オーストラリア大陸 も未踏だし
北欧やアイスランド、アラスカもいい。

広大な地図を前にすると
どこに行けばいいものか決めかねる。

みずからここ!と決めることは
ないかもしれないが
チャンスがあれば乗ってみよう。


他を知ることは、
自分を知ること。

現地の文化、空気、食べ物
人々の気配、土地のエネルギー…
やはりその場に身を運ばないとわからない。

情報として国の存在を知っていることと
実際にその国を体験するのはまったく別物
ということを今更ながらに実感。

トルコがあんなに自分好みの
自然と文化と歴史の国だとは
予想だにしていなかった。

事前にガイドブックを読んでも
テレビなどで目にしていても
その実態は全然わかってなかった。

現地を体験すると
自分の中にひとつ軸が増える。
パラレルワールドがあらわれる。

紀元前6000年の歴史を踏まえて
トルコの人々は今日も暮らしている。

トルコ周遊おまけ(街の動物)

どの街に行っても
野良猫・野良犬がたくさん!

飼われている犬猫もいて
野良たちはひと昔前まで
野放図→殺処分だったけれど
最近は管理されているそうで
耳にタグのついている子が多い。

猫は3キロくらいの小さい子が多く
仔猫かと思ったがどうも成猫らしい。
時々5キロサイズもいる。
ものすごく人懐こく、
どの子もみんな擦り寄ってくるし
膝に乗ってきたりもする。
うちの猫と違って
パンや甘栗には見向きもせず
ハムやチーズはガツガツ食べていた。

犬はみんな大型犬で
とてものんびりしている。
吠えているのを見かけなかった。
まるで猫のように
日向で折り重なって寝ていて
撫でても何しても微動だにしない。

海の近くにはカモメがたくさん。
野生のインコだという鳥もいた。(ガイドさん曰く)
鳩は普通に鳩で、パンくずをあげると食べる。
カラスはちょっと小さめで
鳩に似たツートンカラー。種類が違うのかな。

 

トルコその後(ムスリムとアジア)

まったくもって
トルコのことなど
知らなかったのに

急にトルコ関連情報が
入ってくる不思議な必然

トルコ大統領、アヤソフィア博物館のモスクへの改名を示唆
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190325-00000041-jij_afp-int

トルコ大統領、NZ乱射事件の映像を選挙集会で流す NZ政府は強く批判
https://www.afpbb.com/articles/-/3216425

なんとここでNZとも絡んでいる。
NZ女性首相のリーダーシップが称賛されてるのに対して
前時代的な感じ…(我が国もそりゃひどいのだが)

こうしたタイミングで
トルコを訪れたことは
日本単体でなく
アジアとして俯瞰する視点に
繋がっていくのだろうなあ

 

 

 

体調不良のその後

トルコ旅行の数日前に39度を超える発熱
1日で熱が下がったあと
だんだんと咳・痰・鼻水が出て
喉の痛みはおさまる傾向ながらも

旅行前日〜2日目までは
嗅覚がまったく働かず
声が涸れてまともに話せない

旅行初日と翌日の夜は
咳き込みすぎて吐き戻した

普段なら薬は忌避するけれど
今回は同行者も多いので
成田空港で龍角散とのど飴を買い
折々に飲んでみる

その後も夜中に咳き込んだり
車内で何かの拍子に咳をすると続いたり
という状態ではあったが
徐々におさまっていき

旅行最終日には喉の違和感が消え
ほとんど咳も出なくなっていた

先月下旬から繰り返していた
右肩甲骨の痛みは出ることもなく
きれいに消えたままでホッとする。

旅の最中には何度か腹を下したが
食べなれないオリーブオイルや
ハーブの影響だったと思う
出たらスッキリして
後に引かなかったので
あまり気に留めていなかった。

 

トルコ周遊その5(ツアー)

今回は完全なパッケージツアーへの参加。
日本からの添乗員と現地ガイドがついて
宿泊も移動も、食事も全部ついてる。

団体行動は苦手だと自認しているけれど
そうした中でも自分のペースを確保する術を
ずいぶん習得してきたおかげで
なんとか発狂せずに最後までたのしめた。

オプショナルツアーをつけなかったので
半日だけ自由行動があり、そこで本領発揮、
現地を自力で動き回れたのもよかった。

それにしてもパッケージツアーとは
どういう仕組みになっているのか?
どの食事もだいたい前菜・サラダ・メインが出て
宿泊はインターコンチクラスのホテルばかり
ツアーバスもかなりゆったりしたつくり
あれを個人でやったら
3倍以上の料金になるのは確実。

現地の方の住まいを訪ねるなんてことは
ツアーでなければ難しかっただろうし
そもそも個人での周遊は、移動ロスが多くなる。
(鉄道がほとんどないトルコのような国では特に)

ツアーならではの高級店での
買い物時間も度々あったけれど
お店側も楽しませるのが上手で
日本人的には良いものを格安で買えるので
旅先の気楽さもあってけっこう買う人が多かった。

そもそも8日間のパッケージツアーに
参加できるクラスの人たちだから
それなりにバッファがある訳で
良いものには出費を惜しまない。
見ていて気持ちがよかった。

個人で参加している人も多く
シングルと、家族を置いてと半々くらい
夫婦や友人同士での2人参加が半数で、
4人参加はうちだけ。
この年齢になっての家族旅行は珍しがられた。
(これも深層の理由のひとつかもしれない)

食事や移動のたびにだんだんと情報が共有され
みんな徐々に個人情報を知っていく。
なんとなくまとまっていくあの感じはなかなか面白い。
4人だと食事の時も1セット(1卓)なので
うちの家族はわりと接触が少ないまま
とはいえ、折々に世間話したり
話が聞こえ漏れてきたりで
最後には随分と詳しくなっていた。

土曜発、土曜戻りで祝日も入っていたので
現役社会人も参加しやすかったようだ。
転職予定の有休消化組も多かった。
添乗員さんのライフスタイルも興味深かったし
ツアーは人間観察にはうってつけ。

日頃接触しないタイプがたくさんいて
しかし「トルコ8日間」に参加する時点で
なんらかの共通する嗜好があるせいか
表立った不調和はなく、平和で温厚な雰囲気だった。

ツアーの宿命といえば
見学時間が足りないことだが
限られた時間のなかで
自分なりに要所に集中することになり
効率が良かったとも言えるかもしれない。
細部まで見たがり、その空気に没頭するわたしなど
どの遺跡でもそれぞれ半日は確実に要するから
どれだけ時間があっても足りないのだ。

食事の自由がないのも
後半は少々辛くなってきたが
朝食はだいたい宿泊ホテルのビュッフェ
夕食も宿泊ホテルビュッフェが数回あり
そこで調整していった。

ツアープランに含まれていなかった
カッパドキアの気球は諦めていたのだが、
なんとかならないか?掛けあった参加者がいたようで
なんと、現地ガイドさんのサポートと
離団書へのサインをもって
早朝気球ツアーに急遽参加できたのは嬉しかった。
そんな融通が効くとは思いもしなかった。

バスは座席数にゆとりがあり
ひとり参加はひとりで2席
二人参加も日によっては
それぞれ2席使うことができたので
移動の長い日は助かった。
(6時間750キロ移動する日があったのだ)

 

トルコ周遊その4(深読み)

それにしても
なぜまっったく想定外の
トルコに行ったのか。

現実的には経緯に書いた通りだけれど
深層に何かあるのかと勘ぐりたくなるような
唐突で不思議な展開。

出発直前に愛するNZで
ムスリムコミュニティを狙うテロが起きた。

9割以上がムスリムの
しかし政教分離の共和国トルコ。

アジアの東端と西端。
シルクロードの始まりで終わり。
ラクダと歩く果てしのない道への郷愁。

宮殿のハーレムと宦官。
過去生があるならば
その時代にそういう関係で
出会っていたのかもと思ったことがある。

紀元前11世紀のエフェス遺跡にある売春宿。

キリスト教の布教と弾圧。
カッパドキアの隠れ教会。地下都市。
これまでに受けたリーディングで
キリストとの縁を度々示唆されている。

そういや去年、友人のすすめで
梨木香歩さんの
『村田エフェンディ滞土録 』を読んでいた。

そこへ、オットではなく
実家メンバーで訪れることの意味。

そういう方向には
とんとアンテナが働かないので
劇的なことは何もわからないのだが
何やら曰くありげで面白い。

 

 

トルコ周遊その3(食べ物)

トルコの食べ物はシンプル

世界三大美食のひとつと言われるらしいが
調理法は限られていて
煮る、焼く、茹でる。
味付けはオリーブオイルと塩とハーブやスパイス。

ギリシャに近い海側エリアと内陸部では
味付けの傾向は違うけれど、基本的には同じ。

野菜の味が濃くて美味しい。
ただの生野菜サラダがご馳走レベル。
(テーブルの塩、オリーブオイル、ざくろソースなどを適宜かけて食べる)

そうした植物を食べているせいか、牛肉も美味しい。
(ツアーなので羊や鶏を食べる機会がほとんどなかった)
しっかり火を通されていて
噛みしめるほどに滋味深い。
スズキやマスなどの魚も身が締まって臭みがない。

陽射しと土壌と水質が食べ物の味を決める。
塩湖から採るという塩も一役買っているかも。

トルコ産ワインは独特の風味があり
白ワインは深みがあって好みだった。
赤ワインは渋みが強め。
濃く煮出した紅茶(チャイ)を愛飲しているし
渋めの味が好きなのだろうか
(お湯が一緒に用意されていて薄めて飲む)

チーズの種類が豊富だったのは予想外。
ヨーグルトに近いフレッシュなものから
塩のきいたしっかりしたものまで様々。
カビ系は見かけなかった。

果物も豊富で、オレンジやざくろはその場で圧搾する
フレッシュジュースがあちこちで飲める。
レモンも果物として食べられる果肉の量。
イチジク、杏、プラム、レーズンなど
ドライフルーツやコンポート、ジャムも美味しい。
(加工品はかなり甘い)

オリーブはオイル漬けも塩漬けも豊富。
パンは粉っぽさのあるみっちりした食感。
米はロンググレインでバター炒めが付け合わせに出てくる。

デザート類はひたすら甘い。
焼き菓子をシロップに浸けたものが主流。
材料がシンプルで味は良いのだがとにかく甘い。
小さなチャイカップの紅茶に
角砂糖を4つも入れるというし、甘党が多いようだ。
(その割に欧米人のような太り方はしていない)
砂糖が高級品だった頃の名残なのか
基本、禁酒の反動なのか…

 

 

トルコ周遊その2(トルコという国)

カッパドキア
・・・聞いたことがある地名
パムッカレ
・・・見たことはある景色
イスタンブール
・・・名前は知ってる街

これらがみんな
トルコだとは!

私の脳内でトルコと言えば
ケバブ・トルコアイス・トルコ風呂…

ベリーダンスがトルコ発祥なのも
失念していたくらいで
つまりほぼ関心がなかったと言っていい。

長友選手や香川選手が所属してるチームがあるそうで
サッカー好きならもうすこし
情報を持っていたかもしれないが
あいにくサッカーにも関心がない。

行ってみてわかったこと。

アジア大陸の西端に位置し
ヨーロッパ大陸にまたがる
(旅行検索の括り的にはアジア)

片道12時間前後
ターキッシュエアラインの直行便は
毎日運航していて、機内食が美味しく
シートが広めでクッションもよく
スリッパなどのアメニティがついてくる

ヨーグルトにオリーブに豆類
ギリシャの食文化に近いような
顔立ちは中央アジアに近いような
などと思っていたが
実際にはギリシャ含めた周辺各国は
オスマントルコ帝国の支配下だったわけで
また、トルコ人の大半のルーツは中央アジアなのだった
(ハーレムの時代からヨーロッパ系金髪白人とのmixが増える)

大多数の日本国民はトルコについて
さほど関心がないように思うが
トルコからすると
日本は一度も敵国になったことがなく
アジアの西端と東端で
しかも難破した船を救助してくれた
トルコにやさしい、ちかしい国と思われている

(入れ違いのように3/20から
国立新美術館でトルコ至宝展スタート。
現地でツアー仲間に聞くまで知らなかった。
現地の宝物殿は改修中で閉鎖されていた。)

シルクロードの西端でもあり
アジア大陸の物流の果てだった場所
そして紀元前6000年から農耕集落があり
(時間の感覚が狂う。ADはまだ2000年…)
エルサレムからキリスト教を広めるべく
信者が隠れ住んでいたカッパドキアの洞窟や地下住居
エフォソスにはマリアの隠れ家まである
(実在してたんだ?!)

ローマとギリシャがごっちゃになってた私など、
まったく話にならない
深く、ひろく、途方もない歴史と文化と大自然の国だった。
さすが大陸。スケールが違う。

ヨーロッパやアフリカの一部まで支配していた
華やかな過去には囚われている様子はなく
諸々の変遷を経て、9割以上がイスラム教徒だけれど
規律はゆるく飲酒もOKな政教分離の共和国

イスラム教の国をしっかり訪れたのは
今回が初めてかもしれない。
豚肉の登場頻度が低いことだとか
(旅行者向けに多少はある)
町中に大音量で流れるお祈りの時間の知らせ
各地に用意されているお祈り用の部屋だとか…
(フェリーの中にもあった)それくらいだろうか。

色々な意味で新鮮で
予想以上に素敵な国だったのは確か。





げん

 

 

 

トルコ周遊その1(経緯)

両親と妹の4人で
トルコツアーに参加した。

機内2泊 現地5泊の8日間で
日本の2倍はあるトルコ国内の
7割ほどのエリアを周遊する旅。

おととしのNZ再訪ですっかり満足して
もう海外に行くことはないかも
とまで思っていたのに
話が出た翌日には予約されていた。

妹が有休消化期間に
長めの海外旅行をしたいと言い出し
私と母が巻き込まれ
ついでなので父も巻き込んだ形。
(私と妹は、それぞれ夫を置いていく←事後報告)

妹の第一希望の国は
ちょうどいいツアーがなく
それならばといくつか候補を出した中から
トルコを選んだのは私で

なぜなら他のツアーには
連泊がなかったのだ。確か。

10年前ならいざ知らず
近頃はすっかりのんびりペースだから
毎日どんどん移動したり
いろんな国を巡ったりするのは
しんどく感じられた。
(身はもつだろうけれど。)

それに元気とはいえ高齢の両親と
体力のない妹が一緒なのだから
せめて1回でも連泊があれば
そこで立て直せる可能性が高い。

そんな経緯で
どこにあって
何があって
何語を使っていて
などという知識は何もないまま
トルコに行くことが決まったのだった。

 

エンティティと体調不良の記録

2/19、札幌出張より戻る

2/22、PC作業が続いた日の夜から
右肩甲骨が傷むようになる

以来、PC作業がなくても
右腕を長時間使うと
肩甲骨が傷む

3/5 ボディプロセスたっぷり120分くらい
3/6 出張セッションデー5人
3/7 新月瞑想会の自働運動で
肝臓を刺激するような動きと
「やだやだやだやだやだ!」が出てくる

3/9 昼からワインなど呑み、夜にはいい気分でうたた寝
起きたら、喉が痛い。
寒かったわけでもないのに。
子どもの頃から扁桃腺は腫れやすい
扁桃腺がやられて発熱するパターンが多かった
とはいえ脈絡なさすぎて、これ誰の?を繰り返す。

3/10 セッションデー4人
昼に、夕方の枠のキャンセルの連絡をもらってから
悪寒・ふるえ・猛烈な寒気・右耳痛・関節痛と急速進行
帰宅して布団であったまりながら
オットバーズ受けたあと、39.4度。
癌細胞なら死滅する。

去年夏からの投薬と
日頃の飲酒量からくる
肝臓のリフレッシュだろうと予測。

3/11 平熱以下を経て、平熱に
喉と右耳の痛みが残っているが元気


3/12 呑みこむときに覚悟がいる程度の
喉の痛みが残ったまま3日経過

喉にひっかかる感じで咳が出たり
鼻が詰まったりの症状がだんだん出てくるが
喉の痛みそのものはほぼ変化なし

3/14 MTVSSギフレシ たくさん喋る
3/15 声がれ・咳・くしゃみ・鼻水 と
たいへん風邪らしい様相に進行

これもしかして
エンティティとの確執か?
とのアウェアネスあり

過去に何か月も咳が続いて
エンティティ系のワークに出たら
ヒットしたことがあった。

北海道からついてきたのか。
花街の近くに泊まっていたし。
そしてスキをねらてったのかもしれない。

酔って寝るとエンティティに入られやすい気がする。

扁桃腺はエンティティに対する
門番みたいな役割をしているのだろうか。

ベカメクス、デーモン、エンティティ、123・・・
思いつく限りのクリアリング
明日からの国外旅行に便乗する気か?
しょうがないなあ、と思いかけ、思い直す。

わたしは乗りものではない。
どんなに広くてもひとり乗り。

身体に力がもどった感。
断固阻止するぞ。

よそ者だから出来ること

関西、札幌、東京高尾
本拠地から離れたところで
バーズ需要があるので出向く

よそ者にしか言えないこと
よそ者だから伝えられること
受け取ってもらえることが
あるように思う

わたしが元来セカイを
遠く遠くからみているから
それが現実世界では
物理的距離としてフィットする
というところもあるかもしれない

この距離をたとえば
有名度だとかのステイタス
セッション料金のハードル
予約困難なレア度などで
代替することも可能だろう

あるいは相手からこちらへ
出向いてもらうのでも良さそうだが

わたしが、その土地に出向く
そのことにもたぶん意味がある
海のない土地へ風を運ぶように
そしてわたし自身のリセットのために

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